詩と私 ルナさん と snowさん

趣味の部屋・詩と私   『ルナさん と SNOWさん』



AUTHOR: 趣味の部屋・詩と私
TITLE: ふーちゃん
DATE: 08/02/2009 08:29:06 PM
PRIMARY CATEGORY: 紹介詩
CATEGORY: ルナさんの詩より
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素直な恋心とやさしい想いが一杯です・・・。
ルナさんのブログ「月への道」より、ルナさんの詩の紹介です。

「夢で逢えたら」

あなたに逢えるのは 夢の中
手を伸ばしたら届きそうな 夢の中
朝になれば儚く消える 夢の中
すぐにも忘れてしまう 夢の中

私は覚えている
必死にあなたを想い続ける
あなたになかなか逢えない 
夢の中・・・

「月への道」


私達はたくさんの
傷を心に抱きながら
この道を歩いてきた。

時にはつまずき、倒れ・・・
後ろばかり見て立ち止まってしまったり
目を開ける事が出来なくて
前に進めないでいる事もある

それでも、一歩・・・また一歩・・・

ゆっくりでいい
自分の選んだ道を歩いていこう。

心の傷は少しずつ 癒されていくよ
そしてその傷はあなたを
強く、優しい人へと変えていく

「あなたの海へ」

月が輝く空から
天使の涙が舞い落ちる
それは白い羽根のようにフワリフワリと・・・

手のひらに乗せてみたくて
そっと差し出してみる

だけど すぐに消えてしまう・・・
あなたを想う私の心のように
決して届かない想い・・・

ねぇ・・・海に降る雪は溶け込んでいくのに
なのになぜ 私の想いは届かないの・・・

フワリフワリと舞い落ちる
海に降る雪に願いを込める

私の涙を 空から落とせば
あなたに溶け込んでくれるのかな・・・

空から海へ・・・

落ちる涙と
届かぬ想い

あなたへと
溶けてしまえたら

遥なる 海・・・
あなたの海・・・・

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AUTHOR: 趣味の部屋・詩と私
TITLE: ルナ 
DATE: 08/03/2009 10:18:01 PM
PRIMARY CATEGORY: 紹介詩
CATEGORY: ルナさんの詩より
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こんにちは(^-^)
私のこんなつたない「詩」をこんなふううに紹介いただいてありがとうございます。
改めて読み返して初心に戻ったような気がします。
またこれからも皆さんの心に届くような「詩」をゆっくりではありますが書いていこうと思ってますのでよろしくお願いします((。´・ω・)。´_ _))ペコ 
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AUTHOR: 趣味の部屋・詩と私
TITLE: ふーちゃん
DATE: 08/08/2009 07:29:49 PM
PRIMARY CATEGORY: 紹介詩
CATEGORY: ルナさんの詩より
CONVERT BREAKS: 1
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「月夜に消えた祈り」

あの夜と同じ月が見える窓から
蒼く輝く海が静かに広がる

泣き出しそうな雲が 明かりを閉ざせば
再び私は独り闇にのまれる

あなたの腕に抱かれて眠った夜
空に浮かぶ下弦の月が
そっと二人を包み込む

あなたは優しく私の耳元で
愛をささやいてくれた

そんな言葉と私を置き去りに
あなたがこの部屋を去った日から
私は幾度 月に祈っただろう

あなたを失いたくないの・・・

月よ・・・この想いを
どうかあの人に届けてと・・・

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AUTHOR: 趣味の部屋・詩と私
TITLE: ふーちゃん
DATE: 08/18/2009 06:10:19 AM
PRIMARY CATEGORY: 紹介詩
CATEGORY: ルナさんの詩より
CONVERT BREAKS: 1
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その凍った心は・・・、ルナさんの詩の紹介です。

「凍った心」

私の心はもう痛みを感じなくなった・・・
もう信じられるものはなにもない
あなたの言葉も・・・ あなたの心も・・・

私の心はもう凍ってしまった・・・
もう私を温めてくれる腕もない
あなたのまなざしも・・・ あなたの微笑みも・・・

これ以上 傷つかないように
これ以上 泣かないように
この心は凍らせてしまおう

私の心は もう痛みを

感じない・・・

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AUTHOR: 趣味の部屋・詩と私
TITLE: ルナ 
DATE: 08/21/2009 09:03:06 AM
PRIMARY CATEGORY: 紹介詩
CATEGORY: ルナさんの詩より
CONVERT BREAKS: 1
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BODY:
こんにyちは(^-^)
いつもありがとうございま。
人の心って本当いろんな事を感じながら生きてるんですよね・・・。
嬉しい事も楽しい事もあっても
悲しい事辛い事の方が心に残ってしまい長い間苦しんだりします。
それでも、いつかちゃんと乗り越えられる日が来ると信じたいですね。


     * * * * * * * *


AUTHOR: 趣味の部屋・詩と私
TITLE: ふーちゃん
DATE: 11/04/2008 07:41:14 AM
PRIMARY CATEGORY: 紹介詩
CATEGORY: snowさんの詩より
CONVERT BREAKS: 1
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その心は未来が見えるかな「雪月花」のsnowさんの詩の紹介です。
sfl157.jpg



「Ti voglio bene. ティ ヴォッリョ ベーネ-」

目を背けたくなるような
リアルがあるから こそ
夢心地を求める気持ちは
ますます 募っていく
そんなことは 解っている
頭では ちゃんと解っている

でも
理屈じゃない
愛する気持ちには 偽りはない
そこには 何の計算もなく

ただただ
その心を
欲して
やまずにいる

リアルのせい だけじゃない
身体の中心が叫んでいる
あなたが必要だ と

欲してやまない この
切なさには
何の嘘はない
身体のすべてが
あなたを 求めている

苦しい
苦しい
苦しい…
あなたを
求めている…

「恋心」

好きです
好きです
好き
何度伝えたら
この切なさが消えるのだろう
好き
好きでたまらない
身体のすべてが
つねにあなたを求め
あなたの名前を呼んでいる
好きです
心から
何度でも
言わせてください
あなたが好きです と

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AUTHOR: 趣味の部屋・詩と私
TITLE: ふーちゃん
DATE: 11/23/2008 09:20:44 PM
PRIMARY CATEGORY: 紹介詩
CATEGORY: snowさんの詩より
CONVERT BREAKS: 1
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ふと、幸せな気持ちになれたら・・・。
snowさんの詩の紹介です。

「nome ノーメ」

わたしの名前をよんで
あなたの
その声で
わたしの
わたしだけの名前
あなたが
優しくよんでくれたなら
わたしは
それだけで本当に
しあわせな気持ちになれる
あなたの
その声が
あなたの
その声が
わたしを
本当に
しあわせにしてくれる

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AUTHOR: 趣味の部屋・詩と私
TITLE: ふーちゃん
DATE: 12/05/2008 03:14:47 PM
PRIMARY CATEGORY: 紹介詩
CATEGORY: snowさんの詩より
CONVERT BREAKS: 1
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snowさんのすべてがわたしで、すべてがわたしではない結晶の不思議です。

「sottomare ソットマーレ … 海底」


深くまで沈みたい
この首に外せない重しをつけて
紺色の海の底まで
深く深く 沈みたい

二度と浮かび上がらないように
ちゃんと縛り付けてね

それがあたしの望みなのだから


太陽の光は
あたしにはつらすぎて
その中で生きるには
脆弱でありすぎた

あたしがあたしでいるためには
深海の光も音も届かない
重い海圧に潰されるくらいの
枷があるくらいがちょうどいい

この身体がふやけて
腐りはじめたら
あたしの中の少し残った
¨期待¨というガスが
きっと懸命に
あたしを浮かび上がらせようと
もがき始めるかもしれない

そんなものには
負けないように
ぐるぐると幾重にも
固くきつく贖罪の重しで
ひと思いに波間へと
投げ込んでくれない

それが今のあたしの
望みなのだから

「深呼吸」

つながらなかった
それが単純に
どうしようもない事象のせいなのか
それとも
じつは
こころ が
なんて寂しい考えが浮かんできたら
こわくて 急にこわくなってしまった
でも
いまは ちがうことを考えよう
ただただ
ゆっくりと 深呼吸 してみよう
あせってはいけない
すごく こわいけれど
いまは ちがうことを
いまは あのひとの しあわせだけを
祈って 深呼吸 してみよう

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AUTHOR: 趣味の部屋・詩と私
TITLE: ふーちゃん
DATE: 02/28/2009 07:32:41 PM
PRIMARY CATEGORY: 紹介詩
CATEGORY: snowさんの詩より
CONVERT BREAKS: 1
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silver moon・・・僕はいつもここにいるから
snowさんの詩の紹介です。

「silver moon」

ずっと大好きでやまなかった
銀色に輝いていたあの月

ある晩瞳をこらしたら
僕は気がついてしまったんだ

美しい銀色の月の正体は
ただのわがまま放題の
こ汚い いしっころ
胡散臭いシルバーのラッカーで
いやっていうほど
塗りたくったまがい物だった

いまだに月は輝かんと胸をはり
難しい言葉を散々並べて
どれだけ自分が美しいかを
人々に説いてまわっている

大好きで大好きでたまらなかった
だから僕はまがい物と知った
この今でさえずっと見上げている

今の君の輝きは実はちっとも
美しくはないんだ

いや もともと
美しく見せていただけなんだ

それでも僕は純粋に信じ
なんて綺麗なんだろうと
毎日見上げ夢想にふけっていた

真実の姿を知った今も
僕はずっと見上げている

あの塗りたくったラッカーは
君の心がどれだけ
愛を欲しているかっていう
悲しい証拠なんだよね

君は輝きを与えるふりをして
本当は一番愛されたがっているんだ

¨愛されたい¨

それが銀色の月の真実
だから常に君は
偽の輝きで愛を引き付ける

そして同時に月は
気付いているんだ

自らの醜さと矛盾に

僕はね

痛いくらい君の心を感じて
ラッカーの内側に気付いてしまった

大好きで大好きでやまなかった

今この瞬間さえも
その気持ちは変わらないよ

例えその輝きがまがい物でも
僕もその輝きを守ると誓おう

いつか君自身が疲れて
纏った重さに耐えられなくなったら
僕も一緒に剥がしてあげるから

君がどの道を選んでも
僕は変わらずに毎日
君の心を見上げ続けるから

そう

僕はいつもここにいるから

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AUTHOR: 趣味の部屋・詩と私
TITLE: ふーちゃん
DATE: 03/04/2009 06:35:41 PM
PRIMARY CATEGORY: 紹介詩
CATEGORY: snowさんの詩より
CONVERT BREAKS: 1
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なんか、素直に思えるsnowさんの詩です?
「incertezza … インチェルテッツァ 」 (不確かさ、不明確さ、ためらい、不安 )



あたしは
どんな存在なのだろう
誰かの記憶の一筋に
ちゃんと刻まれているのかな
あたしは
あたしは どこかにいますか?
ふと 足元の影に怯えて
のまれないかと不安になる
この 伸ばした指先を
誰でもいい ぐっと掴んで
あたしは
あたしは どこかにいますか?
あたしの 名前を
呼ぶ人はいますか?
不確定な証をどうか
わかるように
あたしに見せてください
あたしが生きていく理由を
誰か 教えてはもらえませんか
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AUTHOR: 趣味の部屋・詩と私
TITLE: ふーちゃん
DATE: 03/05/2009 07:36:04 PM
PRIMARY CATEGORY: 紹介詩
CATEGORY: snowさんの詩より
CONVERT BREAKS: 1
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BODY:
「terefonino … テレフォニーノ」(携帯電話)

鳴らない
鳴らない
鳴らない
きっと もう 鳴らない
わかっているはずなのに
このお揃いの携帯電話も
あなたの心の鐘も
もう 鳴らない
わたしの存在には きっと
一秒の音色さえ
鳴ることは もう
諦めなきゃ 認めなきゃ
もう 鳴らないのだから
わかっているのに
涙が まだわたしを
あの頃へと 引き戻す
あなたのことが
本当に
大好きでした
今 この 瞬間の
一粒一粒すべてが
まだ あなたを求めて
泣いて 傷んでいます
あなたのことを
まだ
忘れたくない と
泣いて 傷んでいます
そして
鳴らない 電話を
抱きしめて
泣いて 傷んでいます

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AUTHOR: 趣味の部屋・詩と私
TITLE: ふーちゃん
DATE: 03/24/2009 07:45:26 PM
PRIMARY CATEGORY: 紹介詩
CATEGORY: snowさんの詩より
CONVERT BREAKS: 1
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「水藻」

さっきまで
みおろしていた水面が
今は
頭のずっと 上にある

水と大気の境目は
はっきりと
でも 曖昧な景色を映し
ゆらゆらと ゆらゆらと
ゆらぎつづける

僕の身体は静かに
深い底のまた底へと
吸い込まれるように
ゆっくりと 沈みゆく

白に近い水の色も
淡いBlueから濃さをまし
やがて 闇のBlueへと
堕ちるように 深みゆく


"光" が僕の瞳から
確実に 遠ざかっていく


いつのまにか
僕の四肢のすべてには
それのひとつひとつに
意思があるかのような
無数の 水藻が絡みつき

"おいでよ" と

底の闇のBlueへといざなう

この水の世界には
僕以外 誰もいない

水と 水藻と そして 僕

そして そのうち
僕も消える
僕の身体は 消える

そして そのうち
僕も 誰かを招き入れる
絡まる水藻のひとつになって

僕の存在は ようやく
永遠の ものとなる

AUTHOR: 趣味の部屋・詩と私
TITLE: snow
DATE: 04/11/2009 05:04:29 PM
PRIMARY CATEGORY: 紹介詩
CATEGORY: snowさんの詩より
CONVERT BREAKS: 1
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snowです。
ふーちゃんさん、いつも紹介してくださってありがとうございます。
また創作活動を再開しました。気軽に読みに来て下さい。
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AUTHOR: 趣味の部屋・詩と私
TITLE: ふーちゃん
DATE: 04/13/2009 06:00:57 AM
PRIMARY CATEGORY: 紹介詩
CATEGORY: snowさんの詩より
CONVERT BREAKS: 1
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snowさんの、笑顔が浮かぶ詩の紹介です。

「いつかどこかで」

いつか どこかで
また 出会えたら きっといいね

何度も転んじゃったけれど
それも 今は 笑える思い出

目を閉じると
いつでも 浮かんでくるよ

あなたの 笑顔 話し声

一緒にいたら それだけで
それだけで 楽しかった

それだけで よかったのにね

そんな簡単なことに
気が付くのが あたし
だいぶ 遅かったみたい

あなたのこと
ちょっと 結構 だいぶ 本気で

大好きだったみたい

だから もう
悲しむばかりじゃなくって
楽しかったことだけを
あたしの胸に 大事にしまって
今日からは

…明日から は

にこにこ笑って
あなたが褒めてくれた
あたしのいちばんの笑顔で
歩いていくからね



・遠い日のことです。あんなにも、夢中になれたなんて・・・・。あんなにも、人を愛したなんて・・・・。詩に熱中できたのも・・・・。ウェブリブログで、出会った詩の仲間も、今はほとんど、音信不通です。私自身、長いこと詩を書くことから遠ざかっています。下の娘が、この四月、無事就職でき社会人となりました。なんとか、一日一日を過ごしている自分ですが、詩の仲間たちの書いた詩を読み直すと、改めて、詩とは、一人一人生きていることの証だなと思いました。形は消えてしまっても、残された詩は、時を越えて愛を運んできます・・・・。




詩と私 Luminasさん と とおこさん

趣味の部屋・詩と私   『Luminasさん と とおこさん』

 私が、再び詩に関心をもったのは、ネットでの詩との出会いでした。ネットで、趣味の部屋・詩と私を始めた頃の作品の紹介です。

chisanahana.JPG

AUTHOR: 趣味の部屋・詩と私
TITLE: ふーちゃん
DATE: 12/04/2011 08:18:40 PM
PRIMARY CATEGORY: 紹介詩
CATEGORY: Luminare(ルミナーレ) いのちの詩・光のことば より

『心の扉』

心には たくさんの扉があります
わたしにできるのは ただノックしてみることだけ
<どうぞ>と やさしく迎え入れてもらえないかと
じっと耳をそばだてて 待つだけです

こばまれても がっかりはしません
なぜって
はるかな至高の存在に見守られているということが
わたしには大いなる糧(かて)だからです

   エミリイ・ディキンソン
          訳詩 ©2007Luminas
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心には その存在すら気づかない隠し扉がたくさんあります
 
開かずの部屋で何が待ち受けているとしても… 
ときには 扉を閉ざしたまま 入れてくれようとしないとしても…
それでもやはり ひとつひとつ丹念にノックしてみる価値はあります

ほどけないままの古い怒りの塊から発する瘴気(しょうき)や…
古い致命傷から流れ出る血膿(ちうみ)や…
そんなものが隠れているとしたら
家は日々ひそかに傷んで(いたんで)いくしかありません

根気よいノックの果て
永く閉ざされていた部屋の扉がひらき ブラインドが上がるとき
室内には 陽の光が射しこみ 風が吹きとおり
白日のもとで 部屋はあらたな息吹をとりもどすでしょう☆


AUTHOR: 趣味の部屋・詩と私
TITLE: ふーちゃん
DATE: 03/22/2014 03:20:43 PM
PRIMARY CATEGORY: 紹介詩
CATEGORY: Luminare(ルミナーレ) いのちの詩・光のことば より

『孤独に飽きたら』

私が忘れた歌を
誰かが思い出して歌うだろう
私が捨てた言葉は
きっと誰かが生かして使うのだ

だから私は
いつまでも一人ではない
そう言いきかせながら
一日じゅう 沖のかもめを見ていた日もあった

 寺山 修司 「ひとりぼっちがたまらなかったら」

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虚しく風にまぎれて だれの耳にも届かなかったかにみえる言葉や歌も
いつか だれかが拾い上げて生かしてくれるかもしれません
自分だけが それを完成するのだと思うから 黙殺されると虚しいのです
いつか だれかが引き継いでくれる…そのことであなたは決して一人ではないのです☆

AUTHOR: 趣味の部屋・詩と私
TITLE: huko
DATE: 03/22/2014 05:25:16 PM
PRIMARY CATEGORY: 紹介詩
CATEGORY: Luminare(ルミナーレ) いのちの詩・光のことば より
CONVERT BREAKS: 1

引き継がれる言葉……考えてもみなかったです。
見えない世界で繋がっているのですね、人は!
言葉をたいせつに――詩の創作も、そうありたいですね。

    * * * * * * * *

AUTHOR: 趣味の部屋・詩と私
TITLE: ふーちゃん
DATE: 05/23/2008 08:20:35 AM
PRIMARY CATEGORY: 紹介詩
CATEGORY: とおこさんの詩より

素敵な癒しの世界をブログ「飛んで」で、展開する
素敵なとおこさんの詩を紹介いたします。


「優しい言葉」

優しい言葉を
どんなに欲しかったことだろう
  
自分に非があること
自分の弱さ故であること
自分が知っている
 
指摘でも 分析でもなく
優しい言葉かけが
どんなに 欲しかっただろう
暖かく 包み込んで欲しかっただろう

人は 人を変えられない
自らの力で立ち直るしかない

けれど
優しい言葉  温かい言葉は
太陽の光のように人を暖める

人を癒してゆく
人の伸びる力  育つ力を 引き出してゆく

「まなか」

あなたの中心の
心の まなか から
輝きは放たれる

あなたの心がそのまま
外に映しだされる
あなたの世界を作ってゆく

世界の中心にあなたはいる
中心のあなたが くもるとき
あなたの世界も くもってゆく

まずは ましん から
中心から

あなたの 心の真ん中から
世界は 輝いてあけてゆく

TITLE: ふーちゃん
DATE: 06/06/2009 08:46:36 AM
PRIMARY CATEGORY: 紹介詩
CATEGORY: とおこさんの詩より
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時々、とおこさんの詩を読んでいます。

「充足」

相手を 批判ばかりしてしまうのは
愛されなかった悲しみの表現なのです
誰でも 受け入れてもらいたい
優しくしてもらいたい

愛されたいのです

それなのに現実は 冷たくて 誰も愛してはくれないように感じてしまう
無限の愛の海に浸っているなんてわかることができない

でもね 愛は もらうものではないのです
愛はね 自分が 自分に与えていくものなのです
自分にね
このままでいいよ
よくがんばったね
あなたは 素敵だよ よくやった よくやったって言ってあげてください
自分自身を抱きしめて がんばって生きているあなた自身を
褒めてあげてください

あなたの心の器が暖かさであふれるまで
あなたは 素敵だよ そのままでいいんだよって言ってあげてください
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AUTHOR: 趣味の部屋・詩と私
TITLE: うつりぎ
DATE: 06/06/2009 01:48:20 PM
PRIMARY CATEGORY: 紹介詩
CATEGORY: とおこさんの詩より
CONVERT BREAKS: 1
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<愛はね 自分が 自分に与えていくものなのです>
なるほど!と思いました。愛は他者に与えるものだと思っていたけど、自分に与えるという表現は目からウロコです!なんか励まされました。ふーさん、とおこさんありがとうございます。

AUTHOR: 趣味の部屋・詩と私
TITLE: ふーちゃん
DATE: 05/20/2011 02:29:33 PM
PRIMARY CATEGORY: 紹介詩
CATEGORY: とおこさんの詩より
CONVERT BREAKS: 1

「見えない愛」

愛を求めるとき 愛は受けとれません
求めるのは そこにないと思っているから
ないと思いながら求めても 愛は受とれません

愛は あなたの周りに充ち満ちています
あなたは 愛の海に浸っています
愛に囲まれています
愛は 空気よりも濃くあなたを包んでいるのですよ

あなたが ないときめているだけ

愛は あなたの魂
あなたの 細胞
そして愛は あなたの意識

心を 開いてください
心を 静めてください
心の波長を 愛の波長に合わせてください

あなたが 深呼吸するとき空気を気にしないように
あなたは 包まれてる愛に気づかない
でも知っていてください
あなたを愛してやまない存在があなたを包みつづけていることを

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 * * * * * * * *

・Luminasさんとの交流は二年ほどの短い出会いでした。とおこさんとは趣味の部屋・詩と私の最初から活動停止までの交流でした。その後、ブログを更新していないとおこさんのブログ<飛んで>より。

丁寧に生きようと思う
大切に生きようと思う
瞬間 瞬間を 楽しもうと思う
せっかく いただいた この時間 個の自分を慈しんでいきようと思う
自分のするべきことを 迷わずしていこうと思う
いないはずのわたしが いるように創ってくださった
神様からの プレゼントへ お返しをしたいと思う
自分が今 やるべきことに 集中しようと思う



趣味の部屋・詩と私

久しぶりにウェブリブログに向かっています。ウェブリブログに出会って15年です。そのなかで、サークル趣味の部屋「詩と私」を2008年から2018年にわたって続けられたことは、自分のなかで忘れられない想い出です。その頃を振り返ると遅まきの青春という感じでした。ふと、今朝の新聞に、「60歳以上の方、孤独で後悔していますか?」の記事がありました。思えば、人は記憶だけを持って行くといいます。想い出になってしまって、再び出会うことは出来ないことだらけですが、時々は、過去に戻れたらとも思います。サークル趣味の部屋「詩と私」の主催者として、サークル趣味の部屋「詩と私」のデータを取ってありますので、時々、残された趣味の部屋の作品を紹介していけたらなと思います。


F1000191.JPG

AUTHOR: 趣味の部屋・詩と私
TITLE: ふーちゃん
DATE: 01/10/2008 10:01:33 PM
PRIMARY CATEGORY: 紹介詩
CATEGORY: 立原道造詩集より

  憩らひ
 風は 或るとき流れて行つた
 絵のやうな うすい緑のなかを、
 ひとつのたつたひとつの人の言葉を
 はこんで行くと 人は誰でもうけとつた

 ありがたうと ほほえみながら。
 開きかけた花のあひだに
 色をかへない青い空に

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AUTHOR: 趣味の部屋・詩と私
TITLE: スカイっち
DATE: 01/11/2008 01:55:43 PM
PRIMARY CATEGORY: 紹介詩
CATEGORY: 立原道造詩集より

いい詩ですね。とっても心がポカポカとしてきます
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AUTHOR: 趣味の部屋・詩と私
TITLE: 掘 紅二
DATE: 01/11/2008 04:27:39 PM
PRIMARY CATEGORY: 紹介詩
CATEGORY: 立原道造詩集より
CONVERT BREAKS: 1
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良い詩ですが、もう一工夫できそうです。一つ一つのセンテンスが少し長すぎるようです。全体が、もうちょっと、長くなってもかまわずに七伍調を意識した方が、良いかと思われます。
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AUTHOR: 趣味の部屋・詩と私
TITLE: スカイっち
DATE: 01/15/2008 02:03:27 PM
PRIMARY CATEGORY: 紹介詩
CATEGORY: 立原道造詩集より
CONVERT BREAKS: 1
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なsかなか厳しいところをおつきになるんですね。

AUTHOR: 趣味の部屋・詩と私
TITLE: ふーちゃん
DATE: 01/09/2013 06:02:48 PM
PRIMARY CATEGORY: 紹介詩
CATEGORY: 立原道造詩集より
CONVERT BREAKS: 1
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サークル仲間の、人生での人との出会いと別れ・・・。ふと、サークル「趣味の部屋・詩と私」を始めたきっかっけになった道造詩集より。

「またある夜に」

私らはたたずむであらう 霧のなかに
霧は山の沖にながれ 月のおもを
投箭のやうにかすめ 私らをつつむであらう
灰の帳のように

私らは別れるであらう 知ることもなしに
知られることもなく あの出会つた
雲のやうに 私らは忘れるであらう
水脈のやうに

その道は銀の道 私らは行くであらう
ひとりはなれ・・・・・・(ひとりはひとりを
夕ぐれになぜ待つことをおぼえたか)

私らは二たび逢はぬであらう 昔おもふ
月のかがみはあのよるをうつしていると
私らはただそれをくりかへすであらう
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AUTHOR: 趣味の部屋・詩と私
TITLE: huko
DATE: 01/09/2013 11:27:11 PM
PRIMARY CATEGORY: 紹介詩
CATEGORY: 立原道造詩集より
CONVERT BREAKS: 1
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うーん、いい詩ですね。
避けては通れない、出会いと別れ、
潮の満ち引きのように繰り返されていく
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AUTHOR: 趣味の部屋・詩と私
TITLE: eri
DATE: 01/10/2013 01:16:50 AM
PRIMARY CATEGORY: 紹介詩
CATEGORY: 立原道造詩集より
CONVERT BREAKS: 1
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乾いた土に、水がしみ込んでゆくように、心にしみますね・・・。
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AUTHOR: 趣味の部屋・詩と私
TITLE: ふーちゃん
DATE: 05/19/2013 07:34:25 PM
PRIMARY CATEGORY: 紹介詩
CATEGORY: 立原道造詩集より
CONVERT BREAKS: 1
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季節は静かに流れてゆきます。久しぶりに道造詩集より。

「夏の弔ひ」

逝いた私の時たちが
私の心を金にした 傷つかぬやう傷は早く愎るやうにと
昨日と明日との間には
ふかい紺青の溝がひかれて過ぎている

投げて捨てたのは
涙のしみの目立つ小さい紙のきれはしだつた
泡立つ白い波のなかに 或る夕べ
何もがすべて消えてしまつた! 筋書どほりに

それから 私は旅人になり いくつも過ぎた
月の光にてらされた岬々の村々を
暑い 涸いた野を

おぼえてゐたら! 私はもう一度かへりたい
どこか? あの場所へ(あの記憶がある
私が待ち それを しづかに諦めた――)

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AUTHOR: 趣味の部屋・詩と私
TITLE: eri
DATE: 05/21/2013 05:23:06 PM
PRIMARY CATEGORY: 紹介詩
CATEGORY: 立原道造詩集より
CONVERT BREAKS: 1
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同じ場所に戻れたとしても、同じ時間には、戻れない・・・。
とっても切ないですが・・・。
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・新型コロナウイルスなど、いろいろありますが、生きるということそれってなんなんだろうってときに思いながら、久しぶりの更新です。今年も、福寿草の花が春の訪れを告げています・・・・。

再生の詩

 長いことウェブリブログから離れていました。私自身は平凡な日々でしたが、自然災害や人間関係における殺傷事件など、日々、報道されています。人は、学校で会社で・・・・と、様々な人間関係があります。自分も、仕事での人間関係で嫌になることがときにあります。が、うれしい出来事がありました。
F1000186.JPG

『再生の詩』

つぶらな瞳の
小さな赤ちゃん

生まれたばかりの
小さな赤ちゃんを 
見ることの
よろこびとしあわせ

小さな赤ちゃんが
初めて見る
この世界の奇跡と
つぶらな瞳

母さんの笑顔と
背伸びをする
小さな赤ちゃんの
しあわせとよろこび

生まれたばかりの
生きる力と
つぶらな瞳の
小さな赤ちゃん


 そう、長女に赤ちゃんが誕生しました。これからの、生きる力を若い父さん母さんがもらい、自分も生きる力を改めてもらいました。長女が暮らす福島への三回目の訪問でした・・・・。

秋日和

 思えば、体が変調をきたしてから一年です。若かった頃は健康に気を使うこともなく、少しの無理は苦になりませんでした。還暦を過ぎる頃から、誰しも健康には気をつけるというか、あちこち体の変調に気がついたりするのかも。幸い、体の変調を感じてから一年ですが、だいぶ元の調子に戻りつつあります。でも、もう何事も無理は出来ない年齢かなとも思いました。
 高齢化社会となった現在、健康で生活していけるということは他人事ではなく、人生百年としたら、まだまだ先はあり、70歳雇用なんてよく言われるようになりました。もっとも、高齢になればなるほど、人によって、健康や意欲、仕事の面で個人差が出るので70歳雇用をなんて一概には言えませんね。
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『秋日和・・・』

思えば 
40歳前後を
中年というのかな
何かとストレスがたまり
ある日 突然
倒れてしまったり

でも
健康管理をすれば
40代は実り多い
生活の日々ですね

そして
50代になると
なぜか自分の年齢を
意識しだすのですが
趣味としてでも
ライフワークのようなものが
あれば幸せですね

50代のはじめに
ウェブリブログに出会い 
はやまもなく15年
魂の旅からすると
ほんの束の間ですが

魂と心と体の
私の旅は まだ
まだ 続く
秋の日和です
・・・・



海の日・・・・

 久しぶりに更新です。私的にはウェブリブログは休止でいいかなと思っていたのですが、ウェブリブログ仲間からコメントをいただき、パソコンに向かっています。写真は毎年、この時期に小さな庭に訪れるトンボです。

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 自分は年金を受け取るようになったのですが、それだけでは生活していけないので、しばらくは働き続ける状態です。下の娘の就活ですが、落ち着きほっとしました。みんなそれぞれ、自分の人生を歩んで行くのだなと。ささやかでも、生きがいを見つけて元気に過ごしていけたらなと。


 『海の日・・・・』

梅雨明け前の
どんよりした日です

お寺の林では
山鳩がホーホーと
鳴いています

家庭菜園のキュウリや
トマトがひとつふたつ
なりました

どこかで恋人たちが
囁いています

生まれてくる
小さな命に 
生きていることの
よろこびを


あれから

 東日本大震災(平成23年3月11日)から8年。震災関連死を含めると、死者行方不明者は2万人を超えています。月日が過ぎるのは早いですね。一日一日はそれなりに、ゆっくりと動いて行くのに。
 思えば、音信不通になってしまったブログ仲間でしたが、福島県 飯野町地区北部に位置するUFOの里として知られる千貫森のことなどを紹介していました。私はそのUFOふれあい館まで3キロほど手前の立子山に行ったことが想い出されます。それは、東日本大震災から3年後の頃でした。その道すがら、ただいま除染中という小さな看板を目にしました。福島原発からはそこまでは約80キロほどとのことでしたが、田舎ののんびりとした風景はのどかでした。どうしても、東日本大震災の前と後では、人生観が変わってしまったように思う自分ですが・・・・。過ぎ去って行く日々は一度しかない今であるということ・・・・.。
  東日本大 震災後、妹と母が亡くなってしまったことも、大きな出来事でした。平成25年と平成26年の出来事でした。でも、平成29年に長女が結婚したことは、喜ばしい出来事です・・・・。そして、平成31年もやがて令和元年。令和の言葉は、万葉集の「梅花(うめのはな)の歌三十二首の序文」の一部にあります。

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 時、初春の令月にして、氣淑く風和ぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫す。(しょしゅんのれいげつにして、きよくかぜやわらぎ、うめはきょうぜんのこをひらき、らんははいごのこうをかおらす)
 
 そう、今年も庭の梅の花が咲き・・・・、今は桜の季節です。話は変わり、十日ほど前にアダプタが壊れ、注文で届いたので、久しぶりにパソコンに向かっているのですが・・・・。世の中、スマホやパソコンがなければ暮らしていけなくなってしまったのですね。もし、今、世の中からスマホやパソコンが消えてしまったらいったいどうなってしまうのでしょう。こうしたブログも、顔を会わすことのないブログ仲間の一人でも見ていただければ幸いです。


   『あれから』

あれから
幾年月が過ぎたのだろう
学生時代は 遠い昔

社会人となった頃の
右も左もわからない
七転び八起きの日々

いつのまにか
人生半分が過ぎたのに
人生百年とするなら
まだまだ先はあります

就活で悩む姿に
なぜ そんなに焦って
いるのかな

既卒になってから
正社員として
就職しようとしても
なかなか難しいと

昭和 平成・・・・
時代は令和となり

少子高齢化ではありますが

誰もが 壊れた時計にサヨナラをして
新しいきょうという
一日の始まりです
・・・・・


春一番・・・・

 年が改まり、自分の体調はだいぶ良くなってきました。生涯現役社会なんていわれるこの頃、今の自分に何ができるか、休養の時期も含めながら日々、歩いていきたいと思います。
 先日ですが、馴染みの歯医者に行って来ました。そこは、自分よりは年上の大先生と呼ばれる親先生と若先生と呼ばれる息子さん先生の二人の先生がいるのです。大先生は少しは休むこともあるけれど、生涯現役という感じです。待合室には、手塚治虫のマンガ本があったり、詩の本があったり、これは大先生が読んでいたのかなと思いながら・・・・、自分は大先生に治療してもらいました。

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 『春一番・・・・』

定年60歳
定年65歳といっても
いろいろな事情で
まだまだ働かなくては

十人十色の
人生模様ですが
自分は20代4人と60代4人の
職場で働けていることに
感謝です 

年齢 給料 体力
シニア試練の転職
ではありますが

キャリヤ捨てゼロから
なんてのが意外と
新鮮な毎日だったりと

健康でいられることが
一番ですね・・・・


・立春を迎えましたが、まだまだ寒い日々です。が、きょう、庭の片隅に、芽を出した福寿草に気がつきました。福寿草の写真を掲載するようになって、何度めでしょう。一日一日、明るくなっていくようなこの頃です。ブログ仲間も、元気な日々を過ごされますことを。

久しぶりです 

 このところ、体が変調をきたしました。自分なりに調べてみました。

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* 一過性脳虚血発作や脳梗塞の主な要因は、高血圧、脂質異常症、糖尿病、喫煙を4 大要因とする動脈硬化と、心房細動(不整脈)です。一過性脳虚血発作や脳梗塞を予防するには、高血圧、脂質異常症、糖尿病などの生活習慣病をしっかり治療すること、禁煙すること、そして心房細動に対して早いうちに対処することが鍵となります。

 高血圧:高血圧は脳卒中の最大の危険因子です。そのため血圧のコントロールは重要で、上の血圧(収縮期血圧)140mmHg未満、下の血圧(拡張期血圧)90mmHg未満を目標に治療します。
 健診時や診察時の血圧は、いろいろな条件が影響し、あてにならないこともあります。高血圧が疑われる方、また高血圧で内服治療中の方は、自宅での毎日の血圧測定が重要です。起床して1時間以内、就寝前の計2回、1~2分間安静にした状態で座って測り、記録して診察時に医師にみてもらいましょう。

 脂質異常症:以前は高脂血症と呼ばれていましたが、現在は脂質異常症と呼ばれています。LDLコレステロール(悪玉コレステロール)140㎎/dl以上、HDLコレステロール(善玉コレステロール)40mg/dl未満、または中性脂肪150㎎/dl以上の状態をいいます。

* 一過性脳虚血発作の症状は、脳内のどの血管が閉塞したかによって異なります。脳内の血管は大きく分けて内頚動脈系(ないけいどうみゃくけい)と椎骨脳底動脈系(ついこつのうていどうみゃくけい)があります。内頚動脈と椎骨動脈は首にある太い血管で、これらが頭蓋内に入り、脳内で細かく枝分かれして末梢血管になります。この2つの血管系は脳内で走行する部分が異なり、閉塞したときに現れる症状にはそれぞれ特徴があります。

・内頚動脈系

 麻痺やしびれ、脱力などの神経障害が起こります。また、片目の一時的な視力障害が起きたり、言葉が出てきづらくなったりすることもあります。
 特徴的な症状は、めまいや歩行困難、言葉が出てくるのにうまく話せない(舌が回らない)、飲み込めないといったものです。これらの症状は、椎骨脳底動脈系が栄養する小脳や延髄の機能障害による症状です。

・検査・診断

 一過性脳虚血発作は症状が数十分以内に治まることが多いので、受診時に症状がないこともあります。そのため、詳細な問診が必要になり、その原因を探る検査を行うことになります。

・画像検査

 最も簡単に行える画像検査はCT検査です。しかし、CT検査では24時間以内に発症した梗塞の病巣は映らないことがほとんどです。

 一方、MRI検査では拡散強調画像という撮影方法で、発症してすぐの梗塞巣を映すことができます。MRI検査では、一過性脳虚血発作のような微小な虚血病変でも発見できることがあります。血管の像だけを作るMRAによって、血管が細くなっていることを確認できることがあります。また、脳梗塞や脳内出血、腫瘍との鑑別(見極め)を行うこともできます。

・心電図検査

 心房細動などの不整脈があると、心臓の中で血栓ができやすくなります。心房細動は非常に重症の脳梗塞に移行することも多いため、心電図できちんと検査して適切な予防を行うことが大切です。

・超音波検査

 心臓の弁や首の血管の異常を調べます。特に内頸動脈に細くなっている部分がないかを調べることは非常に役に立ちます。

・治療

 一過性脳虚血発作を発症した原因によって治療方法は異なります。治療の目的は、脳梗塞への移行を防ぐことです。心房細動や弁膜症などが原因で血栓が生じた場合には、一部の抗凝固薬などを内服する治療が行われます。それ以外の原因が考えられる場合には、抗血小板薬の内服による治療が行われます。

 また、高血圧や糖尿病、脂質異常症など、動脈硬化を起こしやすくする病気がある場合にはその治療も同時に行われます。超音波検査で内頚動脈が著しく狭まっていることがわかった場合には、手術によって狭くなった部分の血管の内側の病変を取り除く頸動脈内膜剥離術(けいどうみゃくないまくはくりじゅつ)を行ったほうがよいこともあります。
  
 高齢者や心臓の病気があり手術を受けることが難しい方の場合には、頸動脈ステント術が行われることもあります。頸動脈ステント術とは、カテーテルを用いて内頚動脈にステントを挿入し、血管を広げる治療です。

                     * * * * * * * *

 
 『久しぶりです』

体が変調をきたしました

立っていることが
不安になったり
ときに 歩くことが
不安になることも

自律神経の働きが
悪いということは
生きる力が弱くなっている
ということでしょうか

背骨の歪みが
ひとつの原因であると

たとえば
頚椎 胸椎 腰椎の
どこかが
歪んでいると
それなりに
体に変調をきたします

その結果
一過性脳虚血発作が
起きたとしたら

それに
心因性のめまいが
あったりして

自分なりに体と
心のリラックスのために
気を巡らせる
この頃です・・・・


 私事ですが、このところ、体に変調をきたし、長年続けてきた深夜の仕事を止めた自分です。で、自分自身を振り返ってみる私です。体を酷使して、何かに追われるような毎日だったのかも知れません。サークル『趣味の部屋・詩と私』も閉じられ、ひとつの何かが終わった感じです。周りのブログ仲間をみても、自分と同じように、更新がなかったりしますが、久しぶりにウェブリブログに向かった自分です。みんな、一歩一歩ですね・・・・。






ウェブリブログと私

 なかなか更新出来ないでいると、もう神無月となり、霜月となって行きます。思えば、いったん、詩を書くことから離れて二十年たった頃でしょうか。2008年、ブログ仲間と詩のサークル『趣味の部屋・詩と私』を始めました。というのも、2005年ウェブリブログを始めてからの詩を書く仲間たちとの出会いが、私を再び、詩を書くことに誘ったのでした。早いもので、それから10年の2018年のきょうこの頃です。
 その最初の頃の、ブログ仲間たちとは、ほとんど、音信不通となってしまいました。というのも、ブログが更新されなくなったり、消えてしまったり・・・・。でも、その後、それぞれの人生を歩んでいるのですね・・・・。顔を会わすことのないブログ仲間たちでしたが、今はどんな様子かなあと時々思います・・・・。
 
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 『栗と私』

台風が来たり
地震だったり
自然の脅威には
従うばかりです

先日
夜明け前の
路地裏で
いがぐりを見つけました

そういえば 
もう何年も
通っている
おなじみの路なのに

大きな大きな栗の木が
廃屋の傍らに
あったのです

とげとげのいがに
包まれた栗ですが
来るときがくれば
ちゃんと
愛くるしい姿を

みんな
いつしか
実りの秋にむかう
きょうという
一日です


・みんな、きょうという日を生きていますが、幸せな日々でありますように・・・・。

生きるって

 暑い日々です。先日、知り合いの訃報に接しました。それが、孤独死でした。人間、生れるときは両親のもと、祝福のもと、この世に誕生しました。そもそも、生きるって・・・・。

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 なんとか高校を卒業して、なんとか働く職場がある人は幸せでしょう。健康保険料と年金保険料を払っていくだけで大変な世の中です。・・・・長いこと生きてきてやっと年金を受け取るようになっても、65歳からの介護保険料が大変です。生きるっていうことは、さまざまな保険料を払うということかも知れません。子ども医療費の無料化とか高校授業料無償化という恩恵がありますが、社会人となったら多くの時間を仕事に費やし、リタイアするまで長いレールの上を歩き続けるのが普通です。問題は、生きがいでしょうか。恋人とデートすること。結婚して家庭をもつこと。その結婚ですが、いつのまにか離婚ということになったり、人生ままなりません。浮世というゆえんでしょうか。
 でも、生きるって、難しく考えることなく、庭のオニユリをながめたり、こうしてブログに向かっていたり・・・・。


 『生きるって』

生きるって
きみにとっては
どんなことかな

会社で彼女の笑顔に
出会うことかな

そして
いつしか
幸せな家庭を 
築くこと・・・・。

それでも
生きているからは
いつしか 死が
扉の向こうに
待っているなんて・・・・

言わないほうがいいかな。

いなくなった
きみにとって
人生がどんなだったか
誰にもわかりはしないさ

みんな自分の人生を
生きるしかないからね。

鳴いているのは
ヒグラシかな
暦のうえではまもなく
立秋ですが
まだまだ暑い
夏祭のこの頃です・・・・。


・上の写真ですが、その後、可憐にさいた夏花火の花です・・・・。



『春と修羅』より 2

『春と修羅』より

  「くらかけの雪」

たよりになるのは
くらかけつづきの雪ばかり
野原もはやしも
ぽしやぽしやしたりくすんだりして
すこしもあてにならないので
ほたとうにそんな酵母のふうの
朧ろなふぶきですけれども
ほのかなのぞみを送るのは
くらかけ山の雪ばかり
   (ひとつの古風な信仰です)


 「ぬすびと」

青じろい骸骨星座のよあけがた
凍えた泥の乱反射をわたり
店さきにひとつ置かれた
提婆のかめをぬすんだもの
にはかにもその長く黒い脚をやめ
二つの耳に二つの手をあて
電線のオルゴールを聴く


 「恋と病熱」

けふはぼくのたましひは疾み
烏さえ正視ができない
 あいつはちやうどいまごろから
 つめたい青銅の病室で
 透明薔薇の火に燃される
ほんたうに けれども妹よ
けふはぼくもあんまりひどいから
やなぎの花もとらない



・暑い毎日です。一ヶ月ほど前にいただいた夏花火の苗です。それが数日前に、ひょろりとした茎の先に小さなつぼみをつけました。線香花火のような可憐なピンク色の花がまもなく咲くのですが、一服の清涼剤のようで、待ち遠しいです。

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宮沢賢治詩集 『春と修羅』より  1

 2005年にブログを開設してから、13周年というメールが届きましたが、私ごとですが、13という数はひと区切りの数字に思えます。というのも、前の職場を辞めることになったのも13年間の勤務でした。不思議ですが、人はある日、突然、過去に決別というか執着していたことがらに、簡単にサヨナラができるものだとも思いました。

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 かと思うと、なかなか忘れられない過去の出来事もあります。こうして、今の自分があるのは過去があったからだと・・・・。

 私は時々、賢治の『春と修羅』の次の言葉を思い出すのです。

 わたくしという現象は
 仮定された有機交流電燈の
 ひとつの青い照明です

 ここまでたもちつづけられた
 明暗交替のひとくさりづつ
 そのとほりの心象スケッチです

 ただとにかく記録されたこれらのけしきは
 記録されたそのとほりのこのけしきで
 (すべてがわたくしの中のみんなであるやうに
  みんなのおのおののなかのすべてですから)

 すべてこれらの命題は
 心象や時間それ自身の性質として
 第四次延長のなかで主張されます


  「屈折率」

 七つ森のこつちのひとつが
 水の中よりももっと明るく
 そしてたいへん巨きいのに
 わたくしはでこぼこ凍つたみちをふみ
 このでこぼこの雪をふみ
 向ふの縮れた亜鉛の雲へ
 陰気な郵便脚夫のやうに
    (またアラッディン 洋燈とり)
 急がなければならないのか


・久しぶりの更新です。ふと本棚から手にした『宮沢賢治詩集』。これなら、改めて、賢治のことを知るためにも、好きな賢治作品ですので、時々、紹介していけたらなと思います。写真ですが、庭の菖蒲です・・・・。



閑話5  春の訪れ

 四月は進級、就職など新しい挑戦の始まりです。私の職場にも一人の新入社員が入社しました。還暦を過ぎた再就職組の私たちパート社員と二十歳代の正社員たちの職場ですが、楽しい職場ではあります。

 
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 ぽかぽか陽気のきょう、庭の梅の花も心地よさそうでした・・・・。

 「春の訪れ」

きみの一歩は
きょうという一日の始まり

福寿草が伸び
梅の花が咲く きょうです

不安と期待の
いくつもの挑戦が
待っている新入社員です

かく言う 
私の青春は
遥か 遥かの出来事ですが
幾つになっても
一日一日は同じです

きみのときめきが
新しい一ページとなる
春の訪れです


・久しぶりのブログの更新です。みなさんの春はどんなですか・・・・。

閑話4 引っ越し

 先日、下の子の引っ越しに行って来ました。早朝、新幹線で大宮へ。大宮駅からは川越線で、日進、指扇、南古谷、川越となり、川越駅からは東武東上線で、新河岸、上福岡、ふじみ野、鶴瀬、みずほ台、柳瀬川、志木となりました。志木駅から徒歩15分ほどのところのアパートでしたが、なんとか無事引っ越しの手伝いをすませ、早いもので、夕方には故郷の家に戻っていた自分です。

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 「引っ越し」

住めば都といいますが
住んだところに 馴染むに
こしたことはありません

人生そのものが 
漂泊の旅だとしても

電車内での模様です

片並びの座席に
腰かけている
ほとんどの人たちは
スマートフォンと
にらめっこです

スマホをもたない
自分は
ガラパゴス・ケータイで
取り残された感じでは
ありますが

情報化社会と
超高齢化社会のなかで
思いやりは
忘れたくないな

オリンピックで
羽生と宇野が
メダルを取った
きょうこの頃です


・まだまだ寒い日々です。今日は休日でしたので、久しぶりにゆっくりの一日でした・・・・。

閑話3 約束

 冬至となり、これより日中の時間が少しずつ伸びはじめます。このところ、テレビドラマもいくつか終了したのですが、そのなかのひとつ、『明日の約束』に想いが行きました。


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 『約束』

約束とは誓い
契りとありました

たとえば
十戒のように
殺生するべからず
邪淫するべからず
などと言っても

人間は過ちを犯し
約束は破るために
あるみたいで・・・・

テレビドラマなんか
そんな悲しいさががなくては
はじまりません
地球上でどれだけ
殺戮が行われて
きたのでしょう

いつくしみ深き
友なるイエスは
罪とが憂いを 
とり去りたもう
こころの嘆きを 
包まず述べて
などかは下さぬ
負える重荷を



 私は遠い昔、キリスト教の幼稚園に通ったため聖書が本棚にあります。ほとんど、開いたことはないのですが、
コリント前書13章より。

愛は寛容にして慈悲あり
愛は妬まず 愛は誇らず
高ぶらず 非礼を行わず
おのれの利を求めず 憤らず
人の悪を思わず
不義を喜ばずして
真の喜ぶところを喜び
おおよそ事忍び おおよそ事信じ
おおよそ事望み
おおよそ事耐うるなり
愛はいつまでも絶うることなし


・日々の生活は経済的自立、精神的自立、身体的自立・・・・なにかとたいへんですが。生きているということ、そのことの意味にみな生きて行くのですね・・・・。

閑話 2

 超大型台風21号が通過して行きました。第48回衆議院選挙結果にはどう思われたでしょう。私は、きょうは休日で、久しぶりにパソコンに向かいました。

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「台風一過・・・・」

台風が過ぎ 覆われた雲の隙間から
陽が射してきました

机の上に置かれた一冊の本
老夫婦は謎の霧に覆われた世界を旅する
息子との再会を信じて・・・・

思えば 一生の間に百冊の小説を読むことのない
自分の人生 折り返し点を過ぎ
もどかしさばかりが 増幅されるようで

何が真実か 言えることは この地球に
こうして 生きているということ
過ぎ去りし日々は 確かにあったということ
今はなき家族との 友との ブログ仲間との
楽しき日々・・・・

秋の陽ざしのなか 読みかけの小説に栞を入れ・・・・
ときに 過ぎ去りし 幻想の世界に 

君は 今 どこで 何を しているのだろう


閑話 1

 夏も終わりです・・・・。先日、帰郷した娘たちと、信州そばを食べに隣町へ出掛けてみました。
そのそば屋の店内に、『あの夏で待っている』のキャラクターたちが映った小諸の家並みのポスターがありました。

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 思えば、アニメ作品の舞台になった高校に、遥か昔に通った自分です。写真の道は高校時代に通った坂道で、遠くに見える山々は高峰、黒斑、浅間山などです。そういえばアニメ『サマーウォーズ』や『君の名は』なんかの背景も故郷の景色として近しく思います。聖地巡礼ではないですが、人は住んでいるところが、誰もが故郷となるのではないでしょうか。


『聖地巡礼』

この ちょっと
古くさい街並みと
対照的な新興住宅街
古きものと新しきもの
鼻顔稲荷や新海神社など
あちこちに神様がまつられて
周りの山々は
四季折々の景色です

小中学生のころ歩いた道は
今では舗装され
簡素な新幹線の駅も出来ました
高校時代に歩いたあの道は
変わりありませんか

短いようで長い
人生の旅の途中
疲れては休み 
出会っては別れ

きょうという一日の
くり返し 明日
きみは どんな幸せに
出会うのかな

明日への旅

 ぼくたちって、何なのだろう。気がつけば、こうして、青い地球に両親のもとに生まれてきました。父と母がいなくては、この世に誕生しなかったのです。両親が離婚したりするのが多くなった昨今ですが、楽しい幼児期から思春期と無事すごせたら、それだけでだいぶ幸せですね。

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  成人して社会人となってからは、あくせくあくせくして行くうちに、社会に適応できなくなり、閉じこもりとなったり。閉じこもり症候群とは、生活の活動空間がほぼ家の中のみへと狭小化することで活動性が低下し、その結果、廃用症候群を発生させ、さらに心身両面の活動力を失っていく結果、寝たきりに進行するという考え方でありますが。また、人生の落伍者なんて言葉もあります。
 
 ともかく、働いて生きて行くって大変なことで、誰もが、高収入なわけではなく、出生率が下がって人口減の社会となり、劇的な高齢化社会となっていく二十一世紀ではあります。かくいう私も、高齢者の一人です。
 いやはや、創意工夫に長け、適応性の高いホモ・サピエンス(英語: Homo sapiens、ラテン語で「賢い人間」を意味する)は、現生人類の属する種の学名であり、ヒト属の唯一の現存種であり、これまでに疑いようもなく、地球上で最も支配的な種として繁栄してきたぼくたちですが、その未来はどうなって行くのでしょう。こんなことを書く私も老年になったということだろうか。もっとも、私に限らず、六十を過ぎても、働いていかなくては生活していけない世の中ですから、働いているうちは老年という言葉はいらないですね。振り返って、二十代、三十代は若いのですから、青春時代をおおいに謳歌していいのではないのでしょうか。九十歳。何がめでたいですが、幾つになっても、めでたいですね・・・・。

 そんなある日の過去の出来事です。そう、ぼくが二十五歳の頃でした。ぼくは、プレアデス星団から飛来したという、ミシェル・ノストラダムス(Michel Nostradamus、1503年12月14日 - 1566年7月2日)と、生きながら霊界を見て来たと言う霊的体験に基づく大量の著述で知られエマーヌエル・スウェーデンボルグ(Emanuel Swedenborg, 1688年1月29日 - 1772年3月29日)のことを知ったのでした。

 それらの著述から、人間の生命の根源は本来的に霊なのであり、人間の肉体に住んでいる霊が霊流を自分の中に吸収し、これによって人間は生命を継続していることができているのだということ。心霊学的にいえば、今日の人類は不完全霊人体であるがために死ななくてはならないし、死んだ魂は、霊界に行って一度生前にしたことに対してさばきを受けて、新しく再生の過程をへて生まれかわるのだと。人間が子供を産むようになったのも、再生した時の肉体が必要であるからなのです。いはく、人間が死ぬのは、心身共に不完全な存在であるためなのです。

 ああ、人間って、泣いて笑って怒ったり・・・・、喜怒哀楽の生きものです。この地球にこうして生きているということ。人類は皆、運命共同体と理解するとき、悲観的に考えるよりは、人間の魂は、生きとし生けるものとして永遠なる生命をもつ神の子であるということ。自由意志をもった生ける魂である人間の心は、生きし生けるもののなかの王者なのであり、永遠を生きる生命そのものなのである。


 「明日への旅」

ときは流れ
いつのまにか21世紀です

ぼくも いつのまにか
20・30代を過ぎ
40・50代も過ぎました

人間って みな
どんぐりの背くらべで
喜怒哀楽の
世界です

あなたの過ぎ去りし日々は
幸せでしたか

この世を去るときのおもいが
大事だといいますが
記憶しか あの世にもっていけません

だとしたら 誰もが この青い地球に生まれた
楽しい想い出と 幸せを 

50代の若さで逝ってしまった妹よ
あの世はどんなですか

ぼくは まだまだ こちらで
ささやかな 生きがいを感じて
健康には気をつけて

愛と智慧と力の波動とともに



・七月となり、暑い日々です・・・・。時は流れ、自分もいつのまにか60代です・・・・。年齢にこだわらず、忙しい日々の健康管理は大事ですね。無理はしないで、ストレスを発散して、ときには休息を。写真ですが、毎年、訪れてくれる小さな庭の今朝のトンボの姿です・・・・。


観音力について

 六月となり草花が癒しと元気を与えてくれるこの頃です。先日まであちこちでアカシアの花がよく目に映りました。アカシアの花言葉は「秘密の恋」「友情」「豊かな感受性」などです。

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 ところで、このところ人間関係で、ときにストレスを感じたりしている自分ですが、人間って、ちょっとしたことで悩んだり苦しんだりしますね。もっと、思いやりある言い方が出来ないのかなと・・・・。思えば、学校でのいじめが問題になったりしますが、社会に出ても、同じことはあるもので、人間って、ときには、嫌になってしまいますね・・・・。
 生きるって、ときに、ねたんだり恨んだり、悩んだり、不安になったり・・・・。でも、出来るだけ、楽しく過ごすに越したことはありません。そんなときの助け船として、観音経を想い出しました。


  「観音力と私」

人は自分ではどうにもならないというか
悩んだり 困ったときなど
あなたを見守っていてくれる存在があることを
知っているだろうか その一つが観音力では

心に念じあだなくば あらゆる苦よりまぬかれん
もし火のあなに落ちいりて いのちあやうくならんとき
この観音を念じなば(ねんぴかんのんりき)涼しき池と変りなん

人の呪いや盛る毒の 身を害せんとするときに
この観音を念じなば(ねんぴかんのんりき)呪う人こそわづらわめ
名を聞くさえも恐ろしき 悪鬼羅刹に遭わんとき
この観音を念じなば(ねんぴかんのんりき)憑きて悩ますことなけん

人みな常に念ずべし あいて疑うことなかれ
浄き聖の観音は なやみ果てなき世の旅の たのみの杖となりたもう
一切功徳そなわりて うるおう慈悲のまなざしや
無量のさちの集まれる おん身をまさにおがむべし

観音力はまさに 真観清浄観
心に念じあだなくば まさしく あえぐ生死の苦しみも
消えてあとなくなりぬべし


・観音様は、念彼観音力(ねんぴかんのんりき)と人々の呼ぶ声に応じて三十三の化身を現わされるが、救済の目的が達成したときは、直ちに人々の凡眼から消え去っていくと。そのとき、自分自身が観音に感応するというか、没我没入することで、観世音菩薩となっているのではないでしょうか。


文明について

 「文明について」

  かつて太平洋上にあり、きわめて高度な文明が栄えていたという幻のムウ・レムリヤ大陸。一万二千年前、地殻変動のためそこにあった文明とともに海に沈んでしまったという。ほんとうに古代人たちは高度な文明を持っていたのだろうか。一万年前といえば石器時代と呼ばれる原始人の時代ではないのだろうか。

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 その謎を解くひとつの説として、次のような考えかたがあるとしたら・・・・・。それは、遥かな昔、この地球が幼い神々の修業の場として選ばれたということ。そう、さまざまな星系から、神々の子として肉体人間として、この地球に送られて来たということなのです・・・・。地球上の黄色人種と褐色人種は、北斗七星系から移住してきた宇宙人であり、白人系統は、プレアデス星系、オリオン星系、シリウス星系から移住してきた宇宙人であるということ。そして黒人は本来の地球の原住民の子孫であるのです。

 遥かなる昔、黄色人種と褐色人種が今の太平洋上に存在したと言われるムウ・レムリヤ大陸に住んでいた頃、彼らは、いわゆる変形能力を始めとするあらゆる超能力を持った超人であったのでしょう。その時、大西洋上にあったと思われるアトランティス大陸に住んでいたのが、プレアデス星系、オリオン星系、シリウス星系から移住、乃至は追放されてきた白人たちで、肉体的には現存する人類と同じ、超能力を持たない普通人であったのです。唯、彼等の社会は文明がすごく発達していて、特に物資文明は今の人類よりずっと発達していたのです。彼らはエネルギー源として、太陽のエネルギー、地磁気、宇宙電磁力を自由自在に使いわけて、惑星間はもちろんのこと、恒星間の旅行手段も完全に持っていたのである。
  一方、黄色人種は彼等自身が皆、神のごとき変化自在な超能力を持っていたので、いわゆる現代文明とは外見上ほど遠い生活をしていたのです。彼等は、空を飛びたく思えば鳥に変身し、海の中に住みたいと思えば魚に変身できたのだから、文明の発達しようがなかったのです。壮麗な宮殿も想念の力で、宇宙エネルギーを集結して一瞬のうちに作ることが出来たのだから。こういう超人達の世界に物質文明の発達を望むのは無理な話ですね。
  彼等は、自分たちが創造した肉体をまとっていただけで、物質界に住んでいることだけを除けば、神そのままのような超人達だったのである。

  これら異なる人類は、はじめのうちは仲良く共存していたのであるが、いつしか、ムウ・レムリヤ大陸人とアトランティス人達のなかで一部混血がおこなわれ、新しいタイプの人類が生まれたのであった。彼等は混血によって、レムリヤ人ならば誰でも持っていた変形能力をはじめとするいわゆる超能力の大部分を失うようになったのであり、わずかに残ったのが、人の心を自由自在に操ることのできるテレパシー能力だけであった。そして、彼等はそれまで不死身であったのが単なる長命族に変わったのであった。
 超人であるレムリヤ人と普通人であるアトランティス人の中間のタイプである彼等が、物質機械文明をアトランティスから導入して来るようになったのは当然なことであった。一方、彼等は本当のレムリヤ人達からは賤民とあつかわれ、劣等感に悩むようになったのであった。彼等はアトランティスに行けば、テレパシー能力を持った超人として尊敬されるけれども、レムリヤ・ムウにいる限りは劣等人種としての地位をどうしようもなかったのである。超人であるレムリヤ・ムウ人だけこの地球からなくなれば、彼等はアトランティス人達を支配できる支配階級にのし上がれると夢みるようになったのが、災いの原因になったのです。
  長い歳月にわたって彼等は陰謀をたくらみ、アトランティス人と共謀して、ムウ・レムリヤ人達を滅ぼす世界的な規模の大戦争を起こしたのであった。この予期しない大戦争により、ムウ・レムリヤ大陸は太平洋の海底に沈み、大部分のムウ・レムリヤ人達は、彼等の超能力を利用して本来の故郷の星に逃げ帰ったのであった。しかし、多くのムウ・レムリヤ人達は、自分達が長く住んでいた此の緑の地球を愛したゆえに、近くにあった日本列島と朝鮮半島、その他、内陸に逃げ込んだのであった。此の時、混血人種の中で中立を守っていた一部の人々は、空飛ぶ円盤を駆って今の中東地方に逃げ込み、彼等は今日のユダヤ人の先祖になったのではないかと思われるのです。

  ところで、ムウ・レムリヤ大陸が海底に沈んだ時、一部の遺民達は、まだ、未開の状態であった日本列島と朝鮮半島、中国に難をのがれたのであるが、彼等はアトランティス人と混血人である連合軍に発見されて全滅されることを恐れたわけで、彼等の指導者達は、自らの超能力を利用して人々の超能力を封じ込んだのであった。この結果、彼等、ムウ・レムリヤ人の子孫たちは変形態をはじめとする殆どあらゆる超能力をうしない、単なる肉体人間として、時至れば死ぬ運命を持つようになったのです。
 と同時に彼等は本国である、北斗七星系の政府の助けをかりて、幽界・霊界・想念界というシステムを作り、肉体を離れた霊魂がこれらの世界で修行して、またもとの現象界にもどり人間として再出発できるよう、再生の原理をうちたてたのであった。一方、彼等の指導者達は、超能力をたもったまま深山幽谷にとどまり、いわゆる仙人としての俗世を離れた生活を営むようになり、必要な時には現象界にあらわれて、適当な人材をさがして彼等の知識を伝えたわけである。

 やがて、ムウ・レムリヤ大陸から移住して来た混血人たちが、何時の間にかアトランティスの支配階級にのし上がったわけであるが、初期アトランティス文明時代の民主的な統治方法は、いつの間にか過酷な絶対独裁君主による全然自由のない政治形態に変わって行ったのである。こんな時代が長く続くはずはないわけで、結局内乱が起こり、破滅的な全面戦争によって核兵器が使われ、アトランティス大陸も海底に沈んで行ったのである。
  此の時、破局を迎えたアトランティス大陸から逃げ出した人々が、太古のエジプト文明を築くことになったのではないでしょうか。中東地方に逃げ込んで、細々と生活をしていたユダヤ人達が、彼等が持っている超能力をひたかくしにかくし、極端に他民族との混血を嫌うようになったのは勿論のことであったのでしょう。


 アトランティス大陸の子孫たちによって現代の物質文明が発展し、世紀末だと言われたのは少し前のことです。21世紀以後の新しい四次元文明に生き残れる私達でしょうか。宇宙意識を持った本当の意味での大人にならない限り未来はないのではないでしょうか。風薫る緑の地球にて・・・・・。

「文明について」

テレビ
自動車
飛行機
スマートフォンなど
便利な世の中です

でも便利になるにつれて
人間の身体は退化して
さまざまな 病気が
でてきて 病院は
患者であふれて
います

人間の心は
高度な文明をもった
古代人も現代人も
それほど変わらない
かも知れません

高度な文明も幾度か
おきては滅びて行って
いるといいます
生きて行く 幸せって
何なんだろう

ゴールデンウィークも
終わり 静かな
昼下がりです

・先日、新幹線に乗り目的地まで行って来ました。駅の構内では、たくさんの人が行き交い、帰りの車内は満員で、立ちっぱなしでした。新幹線を降りて、家に帰ってくるとホッとした自分です。平凡な日々を過ごす自分にとって、ときに空想の翼を広げてみました・・・・・。

清明の頃

 このところ雨の日もありますが、季節は桜の花の便りが各地から届く、清新の気が満つる頃です。こちらは、ようやく梅の花が咲き出しました。勤務先での新入社員の初々しさはほほえましいです。再就職をして一年が過ぎた自分ではありますが、パートタイマーとして、一日一日を過ごして行くのにやっとというところでしょうか。

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「花と花言葉」

ふくじゅ草が咲き

杏や梅 
桜が満開となり

足元には おおいぬのふぐり
水仙の花が
やがて 夢みる
すずらんの花が

たとえば 杏は乙女のはにかみ
桜は優美な女性
すずらんは 純粋
再び幸せが訪れるなど

幸せをおくる
花と花ことば

きみの住む町では
どんな花が 咲いていますか

幸せですか


・昨日、地中海の米軍の海軍艦船から、アサド政権軍の空軍基地に59発の巡航ミサイルが発射されたのには驚きました。何かと、心配なことなどありますが、桜の満開の花見でしばしのくつろぎを感じたりする桜花爛漫っていいですね・・・・・。




福寿草

啓蟄を迎え小さな春を感じるこの頃、家の小さな福寿草が今年も花を咲かせました。

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 「福寿草」

春を迎えるたび
新しい旅立ちです

しかし
心の中では
止まったままの時間が
幾つもあります

生きるって何なんだろう

残された
悲しみはいつになったら
消えるのだろう

残されたものは
ときに立ち止まり
祈りを胸にきょうという日を
歩いて行きます

生きるって
ときに苦しく ときに楽しく
ときに泣いて ときに笑って
一歩一歩です

今年も
凍てつく大地から
顔をだし花を咲かせた 福寿草
幸せを招く 幸福の花です。

・この歳になると過去を振り返ることが多くなります。でも、まだまだ現役で働けることの喜びを思います。職場では、20代の人も多く元気をもらっています。福寿草は大好きな花の一つです。生きて行くって大変ですが、こうしてブログを更新できることは、ひとつの小さな幸せです。

立春の頃・・・

 きょうは休日で久しぶりの晴天です。先日の早朝前の出来事でした。道路のアスファルトが雨の後の凍結でブラックアイスバーンで、車が横滑りをしてしまい冷や汗でした。そんな危険な場所と時間帯は避けるにこしたことはありませんね。立春も過ぎ、少しずつ春の便りがやってきます・・・・。

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「立春の頃・・・」

なぜ この世に生まれて
きたのか わたしたちは
どこから 来て 
どこへ行くのか

この宇宙は
なぜ 誕生して なぜ
この地球に人間が 誕生
したのか

さまざまな宗教が生まれ
さまざまな教えがありますが
宗教観の違いからか 争いが起き
自爆テロや殺戮が 起きています

原因あって結果あり
結果をうむ直接・間接の原因を
因縁と呼び
因縁なくして世間は成り立たず
縁によって育つ世の中です

両親のもとに 
この世に生まれ 
新しい家族との出会い
さまざまな人との
出会い

生きていることの幸せと


・二月はきさらぎ、誕生石はアメシスト。二月生まれの自分です。庭の福寿草はまだ雪の下ですが・・・。ブログ仲間のみんなにも、春の気配を感じて・・・・。


誕生

 きょうはようやく一休みです。そしていちだんと寒い日で、まもなく雪かなという感じです。写真は獅子舞のなかの子供たちです。

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 「誕生」

静かに目を閉じている
小さな赤ちゃん
この世に誕生した
不思議

きみは
何を夢見ているのかな
しばらくはお母さんの
おっぱいで
たのしい夢を

そんなきみが
やがて成人式を
迎える頃には
たのしかった夢も
ポケットのなか

どうしてこの世に
生まれてきたのだろう
苦しいことが多かりし
世の中とおもうのであるが

静かに目を閉じている
小さな赤ちゃんの
夢は楽しいことばかりです
みんなの夢を乗せて

・先日、姪の生まれて数日の赤ちゃんを、産科のガラス越しに見てきました。授乳のあとの穏やかな赤ちゃんの姿は、何のけがれもなく世界の平和を思いました。

きみの夢は・・・

 前回のブログの更新から、これといった事件もなく・・・。きょうは青空の良い天気です。そんな中、スーパーに出かけるといつになくにぎやかに感じたのは、師走もあと少しと、クリスマスイブだからでしょうか。

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 この時期になると毎年手にする一冊の小冊子・高島易断所の運勢歴より。

 開運の鍵として、天・地・人の三運について。天運(神秘運)、これは天命、宿命といわれる絶対的なもので、自力では如何ともし難い範囲に属します。地運(環境運)、これは自己の周囲の者、親子、夫婦、親族、知人、友人などの影響で、我を幸福にも不幸にもする運。人運(自力運)、この運は努力次第で思う存分に開拓し得る運です。そして、積極的に人運(自力運)を開拓して行けば、天運や地運の好機を捕らえて好運を掴むことが出来、開運の秘訣は「我天地の大運に順応する」事に外なりません。

 たしかに人生にはバイオリズムというか、運勢の波があるように思う自分です。来年は足元を見つめ直す年になりそうですが・・・、自分は元旦は仕事です。そして、二日は村の道祖神の子供たちの獅子舞の世話役です。人生、動くときは動き休むときは休む。そのバランスが大事ですね。

「きみの夢は・・・」

一年の計は元旦にあり
なんて言葉がありますが

本日の計は夜明け前にあり
明日の計はきょうにあり

一年前の自分は
きょうの自分を
想像できただろうか

失業中だった
一年前の自分が
まがりなりにも
働いているということ

来年の夢は何かな
きみはもう
心に描いているかな

その心に描いた
きみの夢が
実現しますように

立冬の頃・・・

  今月から7月までいた職場に戻り新たなスタートです。というのも、職場の改築工事で三ヶ月ほど他の職場のお手伝いという形で、隣町へ行っていたのでした。そこは、自宅から南西にあり望む浅間山は、自分の故郷から見る浅間山の形とはまるっきり違っていました。
 その隣町の職場は静かな環境にあり、そこで働く人たちは皆親切でとても働きやすかったです。下の写真は、その職場を後にしたときの、まもなく夕暮れ前の浅間山を遠景とした写真です。


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 「立冬の頃・・・」
 
この道を北に行けば浅間山
この道を東南に行けば八ヶ岳

でも 考えてごらん
この道はどこへでも続いているんだ
群馬でも 埼玉でも 東京へも

でも ぼくが歩いてきた道は
どこへ 続いているのだろう

ぼくは高度経済成長期のはじまり
に生まれ
社会人となったのは
いざなぎ景気の終わりごろでした

1973、1979年のオイルショック
1986~1990年のバブル景気
があり1991年のバブル崩壊
そして平成不況という
ところでしょうか

これからの近未来は
どのようになって行くのかな
2016年もあと少しです

仲間たちはみんな
どんな ようすでしょう

この道は輝く未来に
続いていますように


・思えば一年前に、長く勤めていた職場がなくなり、失業して今年になんとか再就職。その新しい職場もようやく半年というところです。みんなそれぞれのきょうを生きています。なかなかブログが更新できませんが、訪問ありがとうございます。






深まりゆく秋と・・・

 月日が過ぎるのが早いです。月に一度はブログを更新しようと思っていると、もう朝夕ちょっと寒さを感じるこの頃です。

 去年の10月には勤務先が閉店となり、今年、新しい仕事先に勤務して半年が過ぎました。静かな日々ではあり書くような出来事もない平凡な日々ですので・・・・、新聞の記事より。

 恋をしない若者たちという記事がありました。

 恋人のいない若者が増えている。国立社会保障・人口問題研究所の最近の調査では、交際相手のいない未婚者は男性7割、女性6割に上がる。「告白して断られるのはいや」「面倒くさい」「一人がいい」。恋愛をためらい、背を向ける若者のつぶやきが聞こえる。なぜ恋をしなくなったのだろう。
 かつては自分の足を頼りに狩猟採集し、解放的な自然の中で暮らしていた。今、人は本来の生物的な存在から、人工的な存在に変わってきている。恋愛も、特にソーシャル・ネットワーキング・サービスが普及し、異質なものになりつつある。希薄なコミュニケーションから生まれた恋愛は、私たちの世代が普通だと思う、傷つけたり、なだめたりしながら、折り合いをつけていく恋愛とは異なる。こうした今どきの恋愛さえ、1990年代のバブル崩壊以降、失敗は許されないという社会風潮にも押され、手の届かないものになっている。

 恋愛の重要度が上がったのは、ここ50~60年のことだ。1960年代後半に恋愛結婚の割合が見合い結婚と逆転し、今は9割近い。メディアでは、80年代から2000年前後にかけ、ドラマなどが恋愛をすごく肯定的に描いた。
 今は、家庭内暴力やデートバイオレンス、ストーカーなど、恋愛にまつわる否定的側面も描かれる。それは、いいことでもあって、イージーな交際はいけないという歯止めになる。一方で、恋愛離れの理由にもなる。恋愛のイメージが変わり、恋愛受難の時代だといえる。


・恋愛という言葉は自分には遠い青春時代の思い出かもしれませんが、恋するという言葉は幾つになっても、必要かなと思います。


 「恋して・・・」

こちら稲刈りがはじまり
まもなく もみじ狩りです

太陽に照らされた
田園風景は昔のままです

また きらめく秋の星空も
若かった頃の夢のまま

あなたがいなくなって
止まったままの時間

あなたは 今でも独りですか

夢見た ひとつの愛と
ふりむく あなたの横顔と


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一歩一歩です

 こちらは朝、夕だいぶ涼しくなったこの頃です。稲穂も黄金色に色づいて来ました。きょう、ふと目にした文章の紹介です。

 現代文化は、短気を助長しています。人びとは明確な答えを欲しがります。それもひどくせっかちに要求するのです。別の時代の別の文明では、難しい選択をするために、一人の人間が変化のプロセスにもっと多くの時間をかけることが許されていました。人々は、行動を起こしたり決断したりするのに適したときがあるということを理解していたのです。自然に目を向け、木の葉が枯れ落ちたり、春に新たに芽吹いたりするのを見れば、人生のリズム、海の干満、四季がすぐにわかるでしょう。
 あなたの人生にもリズムと流れがあります。通常、外側の変化が現われる前に、心の中に変化を感じるものです。これは内なる導きのしわざで、あなたは退屈だ、落ち着かない、不安だ、などと感じます。つまり、物事が以前と同じように動いていないと感じるのです。こういった感情は、あなたが何らかの新しい決断や新しい選択をしなければならないという内なる導きからの合図なのです。

 どんな状況にあっても、私たちが愛や許し、同情を選んでいけるようにというのが神の計画だと思います。意識して恐れ、犠牲、激しい非難から遠ざかり、愛、希望、楽観主義を心に抱けるようになると、著しい変化が起こり始めるでしょう。あなたは愛し、愛されることを学ぶためにここにいます。そして、学んだことの多くは、あなたが正しい選択をするのに役立つでしょう。



・このところの自然災害、自然の猛威に驚くばかりです。私はこのところ、一山越えた隣町での仕事ですが、北側に遠く浅間山を望む田園風景には心なごみます。

「ふるさと讃歌」

わたしの
ふるさとは
新幹線が停車する
まほろば

北に浅間山
南に蓼科
八ヶ岳と
山々が
ぐるりと

遥か
遠くにアルプス
を眺め

足元を
見つめると
青空と星空の
田舎町が
いっぱいです

この夏休みに
帰郷した
娘たちですが
今は・・・・

再び 静かな
ふるさとです。


新海誠監督作品 君の名は。 公式ビジュアルガイド
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小説 君の名は。 (角川文庫)
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晴れ時々・・・

 早いもので八月です。パソコンから遠ざかっていると、何か書くことがおっくうになってきます。久しぶりにパソコンに向かいブログ仲間のブログが更新されているのを見て、自分も何かをと思いました。
 一度失業してからは、何とか一日一日を過ごしています。オリンピックは間もなくで日本選手の活躍も楽しみですね。今日の新聞記事より・・・・。

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 内閣府が2日公表した2016年度の経済財政白書は、デフレ脱却に向けた改善の動きに鈍化がみられるとの認識を示しました。そのなかで、個人消費の回復が遅れている理由について、世帯主が39歳以下の「若年子育て期世帯」や、60歳代前半の「無職世帯」の節約志向が高まっている点を挙げました。
 子育て期世代は非正規雇用の割合が高いことや、教育費の負担が重いことが、将来に対する不安につながり、消費をおさえてい、60歳前半の無職世帯については、安定収入が乏しいことが節約の背景にあると。
 まさしくそのとおりかもと、へんに納得した自分ではあります。


「晴れ時々休日」

一億総活躍社会 
ですが

日々なんとか
生きている私です

まわりを見ると
年老いて 自分のことが
ままならない人を
よく見かけます

信じられないような
事件が世界のあちこちで
起きています

みんな 生きるという
ことに 精一杯ですが
夢をつむぐ子育てと
若者たちです

リタイア気味の私ですか?

きょうは、休日です。


・上のコスモスの写真ですが、秋の季語になっていますが最近では夏咲きもよく見られるようになり、6月の後半の早朝に撮ったものです。ときには、四季のうつろいをゆっくりと感じていたいですね・・・・。

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梅の木と自分

 暑い一日でした・・・・。ブログ仲間の記事で還暦になろうとしてるとありましたが、私もいつのまにか還暦を迎えていました。

 40、50代と違って体力の衰えを感じるこの頃ですが四人に一人が65歳以上になる日本は世界でももっとも長寿の国なのでしょうか。選挙権が18歳以上に引き下げられた今日、若者の力がおおいに期待されますね。
 昨今の世相は苦しいことばかりニュースになりますが、住みよい世の中になっていけばいいですね。期日前投票に行って来た自分です。

「梅の木と自分」

下の娘が
一人立ちになるには
まだもう少し先です
それまでは
自分も働かなくてはなりません

ふと デパートへ
買い物に行ったら
日曜日のせいか
とても混雑していました

帰ってきた自分は
だいぶ年輪のいった
一本の梅の木の
梅取りでした

青い実もありますが
黄色く熟れた実は
かじってみると
あんずのように
甘かったです

庭の一本の梅の木は
今は亡き母が
結婚の記念に
実家から贈られた
大切な木です

今年はたくさん
実をつけてくれて
ありがとうです


・そういえば梅雨という字には、梅という文字が入っていますね。梅雨明けもまもなくです・・・・・。
暑い日々、体調には気をつけてくださいね・・・・・。

ブログと私

「ブログと私」

わたしってだれだろう
わたしってどこからきたのだろう
わたしはどうしてここにいるのだろう
わたしはどこにいくのだろう

そういうわたしは いま
こうして ここにいます

前世って あるだろうか

私は 前世が思い出せません
と言って 前世がないとは言えません
魂って あるだろうか
私は 魂が見えません
と言って ここにいるのは
私の魂だと思います

私は両親のもとに
この世に生まれて来ました
この世ってなんなのだろう
と言って この世にこうして
生きているわたしです

この世を去ってしまった両親は
今 どこで 何をしているのだろう
わからないことだらけです
きょうは 爽やかな青空です
顔を会わしたことのない
ブログ仲間ですが
その後
いかが お過ごしですか



・私は、ウェブリブログを始めてから11周年です。
先日、ウェブリブログ事務局のまーさです。と、祝ブログ開設11周年のお知らせが届きました。

過去のブログを振り返ると、昔の自分が考えたり感じていたことから、新たな気づきが生まれたりするものです。後で見直すと非常に貴重な記録になりますねと。

 
 最初に書いた記事は "UFOについて" でした
  http://fushigi-net.at.webry.info/200511/article_1.html
2年目は "予言について" でした
  http://fushigi-net.at.webry.info/200607/article_1.html
3年目は "癒しいろいろ" でした
  http://fushigi-net.at.webry.info/200705/article_1.html
4年目は "ポエジーについて" でした
  http://fushigi-net.at.webry.info/200806/article_1.html
5年目は "ミレーの絵のように" でした
  http://fushigi-net.at.webry.info/200906/article_1.html
6年目は "ふと、思うこと・・・" でした
  http://fushigi-net.at.webry.info/201005/article_2.html
7年目は "青空に思う・・・" でした
  http://fushigi-net.at.webry.info/201106/article_1.html
8年目は "ソウルリーディング" でした
  http://fushigi-net.at.webry.info/201206/article_1.html
9年目は "あなたのための占星術・星たちの話 6 「星の王子さま」と蟹座と" でした
  http://fushigi-net.at.webry.info/201306/article_1.html
10年目は "ゴッホと私 6 最終章" でした
  http://fushigi-net.at.webry.info/201406/article_1.html
11年目は " 仙人と私  杜子春を読み" でした
  http://fushigi-net.at.webry.info/201506/article_1.html


ささやかですが、こうしてブログを更新できることは、生きているということかも知れません。
更新がままなりませんが、訪問これからもよろしくです。

サークル「趣味の部屋・詩と私」
http://c.webry.info/at/fushigi-net/poem/index.htm

と、mysite「夢の翼」
http://yumenotubasa.wix.com/mysite

の紹介です。

エッセイあれこれ  耳鳴り

 しばらくブログの更新から遠ざかっていました。人生100年とすると、まだまだ先があるように思うが、50代も過ぎて、自分の近しい人の死に出会ったりすると、この世のはかなさを感じるようになったりします。
 振り返って、経済的に安定し、家庭円満、そして健康であればいうことなしとなるのかも知れませんが、現状は老後破産という文字が目の前にちらついたりして・・・・。
 たとえば、長年勤めた会社ですが退職金もなく、60歳で定年退職となってしまえば、年金支給となる65歳まで、なんとかしなくてはなりません。それに、結婚も晩婚化となり子供がまだ大学だとすると、私立大学4年間の場合、平均で449万円となる学費も大変です。なお、住宅ローンも70歳まであるとすると・・・・。それに、生活していくうえでは、さまざまな税金を払はなくてはなりません。

 なんか、苦しいようなことばかり書いてしまいましたが、現在の働く若者たちも、なかなか正社員になることはできず、退職金がない働き方をしている人も多いのではないでしょうか。また、世界のあちこちでの地震には、驚いてしまいます。そんなこんなで、生きていくことの平凡なあれこれを、書いていこうと思います。

    

 私が交通事故にあったのは、4年ほど前です。その日から、一人、静かになると、私の頭に耳鳴りがするようになったのです。

 私が耳鳴りに気が付いたのは交通事故の後でした。交差点での出会いがしらの事故でした。
 その日は会社を休み、病院で交通事故による診断書を書いていただき警察署に届けて家で休んでいました。  診断は腰部打撲、右外眼部挫創とありました。
 
 自分の部屋の椅子に腰かけていると、どうも左耳あたりでザーというかジーという音がするのでした。
 
 その耳鳴りの音は今も静かになると聞こえてくるのです。幸いなことに、日常の喧騒のなかでは、喧噪の音にまぎれて忘れてしまう無難聴性耳鳴りです・・・・。

 その交通事故ですが、もしかしたら、私の人生はそこで終わっていたかも知れないのです。それが、こうして、日々、生きているということは、あたえられた、毎日を、まだまだ、前向きに生きていこうと思います。
 
 新しい職場ですが、どこでもそうですが、仕事そのものより、そこで働く人との人間関係に疲れてしまうことが多いです。幾つになっても、人生はさまざまな、出来事があるのが普通です・・・・。



 「耳鳴り」

きょうは休日です
ゴールデンウィークの喧騒もどこえやら

都会の喧騒のなかで
人はかえって孤独を感じるなんて
言葉がありますが

ぼくは
若かった頃
電車にのって
あてもなく 人間模様を
眺めていたものでした

一人一人に
その人だけの人生というか
その人の暮らしを想像して
みました

田舎に帰ってきてからは
働くことに追われる
毎日です

それでも
菜の花やりんごの花が咲き
山々が緑に覆われると
生きていることの
不思議を思う
この頃です


 ・とりとめのない話になってしまいましたが、一度でも、このブログで出会った仲間たちも、元気で過ごされいることを願います・・・・。

福寿草が咲く・・・

 少しずつ春が近づいています。自分もようやく働き始めました。二ヶ月ほど仕事から遠ざかっていたので、いろいろ考えたり精神的に辛い日々でした。自分ほどの年齢となると、就職先を見つけるのはなかなか難しく、条件も厳しいです。世の中の状況をみるに、全体的に厳しいのかもしれませんが、明るい気持ちで進んで行くのがいいのかも・・・・・。

失業中に、いままでブログに書いていたことをまとめてみました。

太陽の画家 フィンセント・ファン・ゴッホ

写真詩集 廃墟と恋人たち

「福寿草が咲く・・・」

苦しい時もありました
楽しい時もありました

誰かが言いました
人生上り坂があれば
下り坂もあり
苦しいときほど
踏ん張りが必要だと

神様から見れば
上りも下りも
みんなまあるい
地球での出来事

どんなに
惨めな辛いときが
あっても いつか
真っ暗な夜も
朝に席を譲ります

でも つらいとき
助けてくれる人や
励ましてくれる人に
出会えれば
うれしいです

観音様に
出会ったように

画像

ソウルメイト

 昨日の雪はたいしたことなく、きょうは、青空です・・・・。実は就職先がまだ決まらず、のんびりとし過ぎた一月でした。いつまでもこのままではいけないので、二月には、働いていることと思います。
 そんななかで、自分の過ぎ越しかたを振り返ってみました・・・・・。

 「ソウルメイト」

エアーポケットに入ったかのような 失業中の ぼくは なにげなく 少し 埃にまみれた
封筒のなかの 幾つかの手紙を 読み返していました

きみとは 結ばれなかったけれど 今 読み返してみると 懐かしい きみは
今 元気ですか

また きみの 手紙には きみの真剣な気持ちが 綴られていて
今のぼくなら ありがとう と 言えるだろう

また 親友だった きみと サヨナラを してしまったのは ぼくの 卑怯な心の
せい

どれも 遠い昔の 過ぎ去りし 出来事なのに おもえば 時は あのときから
止まったままです

あれから何十年も 経ったというのに まるで 昨日のよう
人間って いつの間にか 年老いて行くが 心って いつまでも
あの日のままなんだね

ただ 幼なじみや親しい人の 訃報に出会うたび ぼくは 
切なくなってしまう でも こうして 出会ったという 想い出は
ぼくの 心なかの 宝物

もし この青空の下 懐かしい きみと 再び 出会うことが
あるだろうか それとも来生に きみと再び 会えるのかな
ソウルメイトのように


・就職が決まるまでは、ブログの更新はよそうと思っていましたが、今日は、何だか書きたくなり書いてみました。
思えば、ウェブリブログ仲間との出会いも早いもので十年が経ちます。ままならぬ、ブログですが、これからもよろしくです。

元気ですか・・・・

 ごぶさたしています。今年もあと少しですね。私は、来年は新しい仕事を見つけなければなりません。人生生涯現役というか、最低でも年金を受け取ることが出来る歳まででも、あるいは年金を受け取ることになっても年金だけでは暮らして行けなかったり・・・・・。いつも思いますが、生活していくということは大変なことだと・・・・。

 また、私はよく新聞の人生案内を見ます。そこには、さまざまな悩みを抱えた人が多くの相談を寄せています。リストラになった。家庭内の暴力、暴言。介護の問題・・・・。また、それら相談者は、その回答者の意見を聞き、その後、どのような人生を歩んでいるのだろうと・・・・・。


「元気ですか・・・・」

朝がきました
きょうも 一日が始まります

病院のベッドで 寝たきりのままで
あるいは きょうも 
痛い片足を 引きずりながら
おはようと 

きみは
きょうも 職探しだね
会社側としたら
そんなに 給料は
はらいたくない
だけど それだけでは
とてもとても
暮らしていけない

娘は 楽しい
学生生活を 夢みています
妻は だんだん
独りぼっちになっていくのが
耐えられないと言います

きょうも 朝がきました
でも きょうは
そっと 寝かしておいて
ください 長いこと
働きずくめの おとうさん

きょうは 祭日です
有給休暇です
働くときがくれば
働く おとうさんです

うれしいのは 間もなく
社会人二年目の娘の
帰郷です それに
別に変わったことは
なくとも こうして毎日を
生きていることの
しあわせです


・やっと久しぶりにブログの更新です。こちら、朝は氷点下の毎日です。それでも、太陽が顔をだすと嬉しくなります。ブログ仲間の皆さん。今年もあと少し・・・・。良いお年を・・・・。



わたくしといふ現象は仮定された有機交流電燈のひとつの青い照明です

 このところ、SFものを読んでいます。SFは、科学的な空想にもとづいたフィクションの総称。メディアによりSF小説、SF漫画、SF映画、SFアニメなどとも分類される。日本では科学小説、空想科学小説とも訳されている。とありますが、それらを読んでいて思うのですが、科学的な描写もありますが、やはり登場人物の人間味ある描写に惹かれるわたしです。
 
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 たとえば、アイザック・アシモフ作「精神接触」の書き出しはこうですが・・・・。
 いかなる惑星もその果ては死なねばならない。生き残るためには、宇宙への脱出、冷えつつある太陽にさらに近い惑星、あるいは別の太陽をめぐる惑星への脱出がはかられるであろう。

 そう、惑星の終焉が間近に迫るとき、地底に生き残ったかれらが、遠い他の惑星地表に住む知的生命体に、必死の精神接触を試みたお話しですが、その地表に住む知的生命体とは、わたしたち人間をさしているのであり、そのわたしたちの生活はいとおしいものです。また地底の生命体もいとおしいのですが・・・・。

 
 わたくしごとですが、近ごろ、ブログを思うように更新できなくなりました。でも、いつか書けるときが来たら書こうとおもいますが・・・・。SFものに限らず、ごく普通な出来事を描いた小説でも、生きていることの喜びが感じられればいいですね。またSFといえば、わたしの好きな賢治の次の言葉は、いつ読んでもSF的だなと思うわたしです。


 わたくしといふ現象は
 仮定された有機交流電燈の
 ひとつの青い照明です
 (あらゆる透明な幽霊の複合体)
 風景やみんなといっしょに
 せはしくせはしく明滅しながら
 いかにもたしかにともりつづける
 因果交流電燈の
 ひとつの青い照明です
 (ひかりはたもち その電燈は失はれ)

 これらは二十二箇月の
 過去とかんずる方角から
 紙と鉱質インクをつらね
 (すべてわたくしと明滅し
 みんなが同時に感ずるもの)
 ここまでたもちつづけられた
 かげとひかりのひとくさりづつ
 そのとほりの心象スケッチです


・上の写真ですが、わたしの故郷で、まもなく稲刈りです・・・・。遠くに見える浅間山は、いつもわたしたちを見守っていてくれるようです。ウェブリブログでの、さまざまな出会いと別れ・・・・・。それらも、明滅しながらここまでたもちつづけられた、そのとほりの心象スケッチです。


星のかけら・・・

 あなたは知っていますか。卵形にけずられたぴかぴかの水晶の玉を・・・・・。そしてその水晶の内部をじっと見ていると、あるひろびろとした奇妙な景色が見えてくることを。

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 その水晶のなかに見える世界では、日が沈むと、空が急速に暗くなった。-- 事実、夕暮れの時間は非常に短かかった-- そして、星が輝きはじめた。それらは、わたしたちが見ている星と同じもので、同じ星座に配列されているということがわかった。大熊座、すばる座、アルデバラン、シリウスなどをみとめた。だから、この別世界は、太陽系の中のどれかで、わたしたちの地球からせいぜい二、三億マイルのところにあるにちがいなかった。

 さらに、深夜の空の色が、地球の深夜の空よりも深い青で、太陽がいくらか小さく見え、二つの小さな月があったのだ。地球をめぐる月に似ているが、それよりも小さく、表面の陰影がまるで違ってい、そのうちの一つは、見ていても動きがはっきりわかるほど早く移動していた。それらの月は、空高くのぼることなく、あらわれたと思うと消えてしまった。つまり、それらは主星に非常に接近しているので、そのまわりを回転するたびに、蝕をおこすのだった。そう、これらの状態はすべて、火星の上で観測すればそのように見えるにちがいないと思われる状態に、完全に一致していたのです。

 つまり、その水晶の内部に現われた世界は、火星の景色だったのです・・・・・。ちょつと長くなりましたが、H・G・ウェルズの「水晶の卵」からの引用ですが、私が、そのどこかへ消えてしまったと言われるその手のひらにおさまる卵形の水晶を持っていたと言ったら、あなたはどう思いますか。いや、そのH・G・ウェルズの「水晶の卵」ではないかも知れませんが、それに似た水晶であったことは間違いないでしょう。というのも、私も、その透明な水晶を覗いては、いろいろと不思議な世界を垣間見ていたからなのです。

 それは子供の頃の、夢のなかの話だったかも知れません。今の私は、喧噪の流れのなかに呑み込まれそうな毎日です・・・。でも、ちょっとそんな水晶・クリスタルについての補足をひとつ。写真の水晶は、両端がとがっているクリスタル(ダブルターミネーテッド・クォーツクリスタル)ですが、身体の周囲のエネルギーフィールドを安定、回復させ、オーラを保護、強化してくれるということです。

 人なかに行くとへんに疲れたり、誰かにひどくエネルギーを消耗させられたなんてことがありますね。他人に自分のエネルギーを吸い取られているのかもしれません。そんなときは、野外の新鮮な空気を呼吸したり、ときに、クリスタルの持つエネルギーがあなたのオーラフィールドを増幅、強化してくれるのでしょう。虫たちも音楽を奏で、野草に宿る白露が秋らしさを感じさせるこの頃です・・・。


「星のかけら・・・」

子供だった頃の
お話しです

お父さん
みてみて
この透明な石を

手のひらのなかの
輝く 透明な石は
水晶だったかも
しれません

H・G・ウェルズの
水晶の卵のように
見つめていると

キラキラ輝く
星たちが 
見えたのでした

そんなお話を
思い出したくなる
この頃です

あなたも
ひとつ 
星のかけらを
・・・・・






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見えない世界

 今月は、亡き母の新盆です。法要日程表をみますと、命日からはじまり、初七日、四十九日、一周忌、三回忌と・・・続いています。思えば、風習として、月遅れのお盆の三日間が、一番亡き先祖におもいをめぐらす自分です。普段は、生活に追われ慌ただしく毎日が過ぎていきます。

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 菩提寺から、法要のお知らせがきたのをを契機に、いろいろとひもといてみました。法要とは法事であり、法事とは、仏教で、死者の追善・供養のためにおこなう儀式とあり、追善とは、死者の冥福を祈って仏事を営むこととあります。冥福とは、死後の幸福とあり、供養とは、仏や死者の霊に物をそなえて、冥福を祈ることとあります。

 思えば、人はこの世での幸せな日々を求めて生きています。ところが、死ぬ間際が大切といわれるように、不意の事故でこの世を去ってしまったり、たとえば、いじめが原因で、若くして自殺してしまったり・・・、なんてなると、あの世での幸せを残された身近な人たちは願うのではないでしょうか。人は幾度も生まれかわって来るといいます。そして生まれかわって来るときには、あの世での記憶を忘れて来ると・・・・・。

 ああ、先に逝ってしまった妹をおもうたび、妹は幸せだろうかと・・・・・。幸せとは、めぐりあわせ。天運。運のよいこと、好運。とあります。この世で幸せでなかった人は、あの世でも幸せになれないのだろうか。幾度となく、この世に生まれてくるのは、この世で、幸せになるためなのだとすると、この世で幸せだった人は、あの世へいったら、再びこの世に生まれてくる必要はないのかも・・・・・。などと、考えてしまうのも、盂蘭盆のなせるわざかも・・・・・。あと幾年かすると、亡き父と同じ年齢になる自分ですが、いつでも、亡き父は、あの世から自分を見守ってくれているのだと感じる私ではあるのですが・・・・・。


 先日、そんな不思議な世界を描いたひとつの小説を想い出しました。それは、数ページの短い物語ではありました・・・・。


  「たてごと」  テオドール・ケルナー


 それは、こんなに愛しあうことができるのだろうかと、私は思ってしまったのですが・・・・。燃えるばかりの、長い間ためされた愛がふたりの結びつきの封印だったのです。
 ふたりが知り合ったのはもうずっと前のことだった。しかし秘書ゼルナーの任命がおくれたばかりに、かれの望みの目標はむりにますます遠くにおしやられてしまった。
 とうとうかれは辞令をもらった。そして、もうつぎの日曜には、ゼルナーは彼の愛する少女を妻として新居へ連れて行った。あいさつや家庭の祝いごとの長い日々がすむと、ふたりはやっとだれにも邪魔されないで、楽しい晩を水入らずで過ごすことができた。
 将来の生活の計画と、ゼルナーのフルートとジョゼフのたてごとだけで時を過ごした。そう、愛しあう秘書と若い妻のふたりは、夢のような蜜月の日々を送っていたのです・・・・。
 

 ところが、ふたりがいつまでも音楽を楽しんでいた、ある晩のことです。すると、ジョゼフが急に頭痛がすると言いだした。彼女は、その日の朝の発作のことを、気づかう夫に黙っていた。はじめのうちはたいしたことなかったが、若いころから神経が弱かったために、音楽に熱中したり、感覚を緊張させたのでいっそうひどくなった。ジョゼフはそれ以上夫にかくそうとしなかった。

 そして、その彼女の病気が日に日に悪くなっていったある日のことです。自分の最期がきたことを予感したジョゼフは、

「ねえ、エドアルト」

 と、最後に夫を自分の胸にひきよせて言ったのです。

「あなたと、あなたの胸に抱かれての高い幸福を見つけたこの美しい世の中から悲しい心を抱いて別れて行きますわ。でも、あたし、これ以上あなたの腕の中で幸福にしていられないなら、ジョゼフの愛はあなたの忠実な守護神として、あたしたちが天上でまた会えるまで、あなたのまわりに漂っています」

 ジョゼフはこう言うと、うしろに倒れて、おだやかに永眠したのです。


       * * * * * * * *

 ゼルナーがどれほど苦しんだかは、ことばでは言えない。かれは長いあいだ生活と戦った。苦しみのあまり健康をそこねた。数週間たって病床から起き上がったが、ゼルナーの手足にはもう血の気がなくなっていた。
 ゼルナーは、ジョゼフの部屋を彼女の死ぬ前の状態のままにしておいた。裁縫用の机の上にはまだ道具がのっていた。そして、たてごとは静かに、手をつけられないで、すみに立っていた。
 ゼルナーはこの愛の神聖な場所へ、毎晩かならず巡礼した。フルートを持って行き、幸福だったあのときのように窓にもたれて、悲しい音色に愛する影への憧れを吹き込んだ。
 あるとき、かれはいつものように想像にふけってジョゼフの部屋に立っていた。明るい月の光がかれのほうに開いた窓から射してきた。近くの塔の番人が九時を知らせた。すると、急にたてごとがかすかな霊のいぶきに触れられたように、ゼルナーの音に合わせて響きはじめた。
 ゼルナーはひどく驚いてフルートを吹くのをやめた。フルートといっしょにたてごとの響きもやんだ。ゼルナーは深く感動してジョゼフの大好きだった歌をはじめた。そして、ますます高く、力強く、弦はかれのメロディーを響かせた。最高度に調和して、音は組み合わされた。
 すると、ゼルナーはうれしさに身をふるわせて床にすわり、愛する影を抱きしめようとして腕をひろげた。急に温かい春風に吹かれたような気がした。青白いきらきらする光がかれのそばを飛びながら通りすぎた。ゼルナーは燃えるように感激して大声をあげた。


       * * * * * * * *


 その楽しい不思議な出来事も長くは続かなったといえば、見えすぎていますか。ゼルナーも、いつしか衰弱して、かれ自身も死の近づいていることを感じていたのです。ぐったりしたある夕方、ジョゼフの部屋に連れて行ってくれとたのんだ。医者は、かれの言うとおりにされた。
 決定的瞬間は近づいた。かれはみんなにさよならを言うと、どうしても居残ろうという医者だけを除いて、みんなに出て行ってもらった。すると、九時の鐘の音がかすかに城の塔から響いてきた。ゼルナーの顔が光輝いた。その青白い顔には深い感動がもう一度燃えた。

「ジョゼフ」

 と、ゼルナーは神にとらえられたように大声で言った。

「ジョゼフ、別れのときにもう一度あいさつしてくれ、きみがそばにいることがぼくにわかるように。また、きみの愛で死を克服するように」

 すると、たてごとの弦が、まるで勝利の歌のように高く、すばらしい和音で、たえなる響きをたてた。そして、瀕死の人のまわりにきらきらする光が射した。

「ぼくは行くよ、ぼくは行くよ」と大声で言って、ゼルナーはうしろに倒れ、生と格闘した。
 たてごとの音がますますかすかになって行った。すると、最後の体力がゼルナーにもう一度強く身を反らさせた。それからかれがすっかり身を反らせると、たてごとの弦は急に、まるで幽霊の手で切られでもしたようにぷつんと切れた。

 医者はちじみあがった。そして、たたかいにもかかわらずおだやかにまどろんでいる人のようにそこに横たわっている死んだ人のまぶたをふさいでやった。それから、深く感動してその家を去ったのです・・・・。


 「見えない世界」

ツインソウルに似て
いつも ふたりでひとつ
そんな恋におちた
ジョゼフとゼルナー

ぼくの恋は いつも
すれ違いばかりでした
でも そんなときでも
妹はいつも そばにいて
くれた

その妹も いつも
話を黙って聞いてくれた
母も この世に 今は
いません

あの世とこの世は
つながっているといいます
こちらからあの世はみえなくとも
あの世から
この世はみえるのかな

暑い暑い毎日ですが
季節は 巡り巡ります
はや立秋 ふと
涼しげな 風が通り過ぎる 
心のなかです
・・・・





・「たてごと」の物語。いかがでしたか。改めて、いろいろと考えさせられました。小説ではあるのですが、すべてが実際に起こった話のようにも受け止められます。あの世とこの世の関係、神様ときらきら輝く光のことなど・・・・。そして、この世に生きるということの意味のようなもの・・・・。暑い毎日、ブログ仲間のみなさん、お体を大切に・・・・。

文月です・・・

 龍之介は、羅生門、鼻など平安時代の「今昔物語」をもとにした作品を多く残しています。思えば、昔も今も人の考えたり思ったりすることは、そんなに変わらないなということ。また、それらの物語を下敷きに、龍之介は現代の今昔物語を書いたということでしょうか。

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 よく言います。小説のなかでは、どんなことも許されるというか、事実は小説より奇なりと言われるから、尚、小説は面白くしようと、男女間の不倫を描くかとおもえば、恐ろしい狂気という心理描写をしたり・・・。
 私は、龍之介の作品では、「杜子春」や「蜘蛛の糸」のような作品や、「素戔嗚尊」のようにのびのびとした作品に好感を覚えるのですが、、「河童」「或る阿呆の一生」などになると、ピリピリした何かを感じとってしまい、戸惑ってしまいました。それは、作者の生きざまに思いがいくからなのでしょう。人の心はその人自身にだけしかわからないのかも知れません。龍之介は、致死量の薬を飲んで36歳の若さで自殺をしたのです・・・。

 また私は「南京の基督」「邪宗門」などの作品に惹かれるものがあります。

 
未完に終わった 「邪宗門」のあらすじですが、

 堀川の大殿様の子である若殿様は、父親とは容姿、性格、好みすべて正反対で、優しく物静かな人物であった。その生涯は平穏無事なものであったが、たった一度だけ、不思議な出来事があったのです。
 

 それは、大殿様の御薨去から5、6年後、洛中に摩利信乃法師という名の沙門が現れ、障害や怪我に悩む人々を怪しげな力で治してまわり、信奉者を増やしていったのですが、ある時、建立された阿弥陀堂の供養の折、沙門が乱入し、各地より集まった僧に対し法力対決をけしかけたのです。そこでは、大和尚と称されていた横川の僧都でも歯が立たず、沙門がますます威勢を振りまいていったのでした。

とあり、その最後の部分ですが、

「横川の僧都は、今天が下に法誉無上の大和尚と承わったが、この法師の眼から見れば、天上皇帝の照覧を昏まし奉って、妄に鬼神を使役する、云おうようない火宅僧じゃ。されば仏菩薩は妖魔の類、釈教は堕獄の業因と申したが、摩利信乃法師一人の誤りか。さもあらばあれ、まだこの上にもわが摩利の法門へ帰依しょうと思立れずば、元より僧俗の嫌いはない。何人なりともこの場において、天上皇帝の御威徳を目まのあたりに試みられい」と、八方を睨みながら申しました。
 その時、また東の廊に当って、
「応」と、涼しく答えますと、御装束の姿もあたりを払って、悠然と御庭へ御下りになりましたのは、別人でもない堀川の若殿様でございます。  (未完)


と、なっているのです。

  * * * * * * * 

 何が面白いって、洛中に魔利の教と申すものをひろめはじめた摩利信乃法師という人物と巷で一般に信仰されている阿弥陀如来の聖僧との幻術の戦いの描写は見ものです。未完で終わっているので、以後は想像するしかないのですが、話しのなかには、光源氏のような、堀川の大殿様の子である若殿様と中御門の姫君との恋物語がからみ、中御門の姫君と摩利信乃法師は幼なじみのような関係にあり、面白い展開になっているのです。

 龍之介はどのように考えていたのかわかりませんが、私は、摩利信乃法師の使う、目にはみえない何か大きな力とは、いったいなんなのだろうと・・・・・。

 しかし、作品のなかの人物の力強さとは、うらはらに龍之介は、精神的に不安定となり、早い死を迎えてしまったのですが・・・。

  
   * * * * * * * *


 私は思うのです。やはり、事実は小説に優ると・・・。と同時に、小説は小説としての面白さがあるのだと。だからこそ、世の中に、詩とよばれるものがあることの救いもあるのだと・・・。


 終わりに、龍之介の小説「河童」のなかのトックの書き残したひとつの詩の紹介です。


    椰子の花や竹の中に
    仏陀はとうに眠っている。

    路ばたに枯れた無花果といっしょに
    基督ももう死んだらしい。

   しかし我々は休まなければならぬ
   たとい芝居の背景の前にも。

  (そのまた背景の裏を見れば、継ぎはぎだらけのカンヴァスばかりだ?)


・話がとりとめのないものになってしまいましたが、生きて行くということが、一篇の詩のようであればいいですね・・・。


 「文月です・・・」

誰がいったか
キリストの生きかたそのものが
ひとつの詩なのだと

ぼくの好きな
アルルのはね橋や糸杉と星の道
などをを描いたゴッホの
生きかたも

また
ぼくの好きな
風の又三郎や銀河鉄道の夜を
書いた賢治も風のように
人生を通り過ぎて
いきました

さて ぼくはというと
自慢できるものは
何もありません
でも 詩や童話にであって
うれしくなったり

ときに 人生のつらさに
であいもしますが
やっぱり 生きているって
しあわせなんだと

きょうは 星が見えない
梅雨空では
ありますが
・・・・・



・写真は梅雨空の下の、南天の白い花たちです・・・・・。

 仙人と私  杜子春を読み

 芥川龍之介、明治25年・1892年生まれ、昭和2年・1927年死去。35歳でこの世を去った芥川龍之介の小説を幾つか読んでみました。中学生の頃、幾つか読んだ記憶もおぼろで、あらためて初めて読んだとでも言いましょうか。その小説には驚きでした。


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 芥川の人生観というか、生きるということの意味のようなものが、小説を通して表現され、それが35歳という若さで書かれていたということ。人生の後半にいる私が、やっと、それなりの意味を理解できるかなという感じです。独善的な考えになるかもしれませんが、思うままに書いてみようと思います。

 私は若かった頃、仙人に憧れたことがあるせいか、龍之介が書いた「仙人」や「杜子春」の話などに親しみを覚えます。今回は、それらの話にかんしてです。


 「仙人」の話ですが、ねずみに芝居をさせるのを商売にしている男の話です。その男、李小二ですが、ある日、商売から帰るところで、まちはずれのとあるみちばたの小さな廟の前で立ち止まったのです。そこで出会った老人とのお話です。

 そこで李が云った。

「どうも、困ったお天気ですな」

「さようさ。」老人は、膝の上から、頤を離して、始めて、李の方を見た。鳥のくちばしのように曲った、鍵鼻を、二三度大仰にうごめかしながら、眉の間を狭くして、見たのである。

「私のような商売をしている人間には、雨位、人泣かせのものはありません」

「ははあ、何御商売かな」

「鼠を使って、芝居をさせるのです」

「それはまたお珍しい」
 
 こんな具合で、二人の間には、少しずつ、会話が、交換されるようになった。

 李は、この老道士に比べれば、あらゆる点で、自分の方が、生活上の優者だと考えた。そう云う自覚が、愉快でない事は、勿論ない。が、李は、それと同時に、優者であると云う事が、何となくこの老人に対して済まないような心もちがした。彼は、談柄を、生活難に落して、自分の暮しの苦しさを、わざわざ誇張して、話したのは、完く、この済まないような心もちに、煩わずらわされた結果である。

「まったく、それは泣きたくなるくらいなものですよ。食わずに、一日すごした事だって、度々あります。この間も、しみじみこう思いました。『己おれは鼠に芝居をさせて、飯を食っていると思っている。が、事によるとほんとうは、鼠が己にこんな商売をさせて、食っているのかも知れない。』実際、そんなものですよ」

 李は撫然として、こんな事さえ云った。

 すると、その話の途中で、老道士は、李の方へ、顔をむけた。皺の重なり合った中に、おかしさをこらえているような、筋肉の緊張がある。

「あなたは私に同情して下さるらしいが」こう云って、老人はこらえきれなくなったように、声をあげて笑った。烏が鳴くような、鋭い、しわがれた声で笑ったのである。「私は、金には不自由をしない人間でね、お望みなら、あなたのお暮し位はお助け申しても、よろしい」

 李は、話の腰を折られたまま、呆然として、ただ、道士の顔を見つめていた。

「千鎰や二千鎰でよろしければ、今でもさし上げよう。実は、私は、ただの人間ではない」老人は、それから、手短に、自分の経歴を話した。元は、何とか云うまちの屠者だったが、たまたま、呂祖に遇って、道を学んだと云うのである。それがすむと、道士は、しずかに立って、廟の中へはいった。そうして、片手で李をさしまねきながら、片手で、床の上の紙銭をかき集めた。
 
 李は五感を失った人のように、茫然として、廟の中へ這いこんだ。両手を鼠の糞とほこりとの多い床の上について、平伏するような形をしながら、首だけ上げて、下から道士の顔を眺めているのである。
 
 道士は、曲った腰を、苦しそうに、伸ばして、かき集めた紙銭を両手で床からすくい上げた。それから、それをてのひらでもみ合せながら、せわしく足下へ撒きちらし始めた。そうそうぜんとして、床に落ちる黄白の音が、にわかに、廟外の寒雨の声を圧して、起った。――撒かれた紙銭は、手を離れると共に、たちまち、無数の金銭や銀銭に、変ったのである。………
 李小二は、この雨銭の中に、いつまでも、床に這ったまま、ぼんやり老道士の顔を見上げていた。

 そして、李小二は、陶朱の富を得たのです。たまたま、その仙人に遇ったと云う事を疑う者があれば、彼は、その時、老人に書いて貰った、四句の語を出して示すのである。この話を、久しい以前に、何かの本で見た作者は、遺憾ながら、それを、文字通りに記憶していない。そこで、大意を支那のものを翻訳したらしい日本文で書いて、この話のおわりに附して置こうと思う。但し、これは、李小二が、何故、仙にして、乞丐をして歩くかと云う事を訊ねた、答なのだそうである。

「人生苦あり、以て楽むべし。人間死するあり、以て生くるを知る。死苦共に脱し得て甚だ、無聊なり。仙人はしかず、凡人の死苦あるに」

 恐らく、仙人は、人間の生活がなつかしくなって、わざわざ、苦しい事を、探してあるいていたのであろう。以上。

  * * * * *

 さて、有名な「杜子春」の話ですが、杜子春は仙人の力により幾度か大金持ちになったかとおもうと、無一文になってしまう繰り返しに虚しさを覚え、仙人の弟子にしてくださいとお願いしたのです。
 仙人は杜子春を、峨眉山へつれていき、自分が天上へいってくるあいだ、どんな魔性があらわれても、一言でも口をきいたらいけないと言ったのです。が、杜子春は、あの世で畜生となった父母が鬼たちに鞭うたれるのを見て、たまらず「お母さん」と一声叫んだのです。

 戻ってきた仙人は、杜子春に言ったのです。

「もしお前が、父母が鞭うたれるのをみて黙っていたら、即座にお前の命を絶っていたと」

「お前はもう仙人になりたいという望みももっていまい。大金持ちになることは、もとより愛想がつきたはずだ。ではお前はこれから後、何になったらいいと思うな」

「何になっても、人間らしい、正直な暮らしをするつもりです」

「その言葉を忘れるなよ。ではおれは今日限り、二度とお前には遇わないから」
 
 仙人・鉄冠子はこう言う内に、もう歩き出していましたが、急に又足を止めて、杜子春の方を振り返ると、

「おお、幸い、今思い出したが、おれは泰山の南の麓に一軒の家を持っている。その家を畑ごとお前にやるから、早速行って住まうが好い。今頃は丁度家のまわりに、桃の花が一面に咲いているだろう」と、

さも愉快そうにつけ加えました。


*「仙人」「杜子春」の話ですが、いかがでしたか。思えば、若かりし頃、私もどこかでひとりの仙人に出会ったような気もします。それは、夢のなかだったか。「なにげない毎日、こうして人間として生まれてきたこと。それを、楽しまなくては」そんなような声を、私も聞いたきがするのです・・・・・。上の写真は、家の小さな庭に咲く小さなあやめです・・・・・。きょうは、久しぶりの雨の朝でした・・・・・。


 「仙人と私」

いく年月が経っただろう

今年もツバメが
水田の上を気持ちよく
滑降して行きます

見えない世界へ
いってしまった
おとうさん おかあさん
どれだけの愛に包まれて
いたのだろう そのぼくが
ひとつの 家庭を持ち
しあわせ家族です

軒下のツバメの巣の
雛たちに食事を与える
親鳥たちの自然な姿
生きているだけで
しあわせなのに
先に逝ってしまった妹

見えない世界で
幸せに暮らしていますか

いつからか
生きていくことが
苦しくなっていたのだろう
耐えきれないほどに

でも きみのやさしさと愛は
どれだけおもっても
かかえきれない
残された子供たちは
その愛をいっぱい胸に

人はみな いつかは
この世から旅立ちます
ならば 疲れたら休み
子供たちの笑顔に
元気をもらいながら

自然に  生きていけたらな





廃墟と私 最終章

 振り返って見ると、みんな幻なのかも知れません。そう思えば、つまずいたこと、しりきれとんぼのような別れ・・・・・、それはそれなんだと。時をかける少女のように、青春の夢に再び出会うことがあるのだろうか・・・・・。

 ふと、ひとりのきみが書いた詩の紹介です。


 「空」

空は何時もそこにある
姿を変えながら
空は永遠にそこにある

たとえば
この空に浮かぶあの雲に乗れば
いつか君の所にたどりつけるの?

夜空にぼんやり浮かぶあの雲に乗れば
あの願い星に手が届くの?

空は
そんな沢山の思いを一瞬駆け巡らせる魔法をかける

遥か遠く高い所にある空は
何時もそこにある

みんなの思いと共に姿を変えながらそこにある


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 今は亡き廃墟の上の青空も、遥か彼方へと繋がっています。ブログをはじめてまもなく十年・・・。ときどき、止まったままのブログを見るのは寂しいですが、消えてしまったブログは、強い意志のあらわれでしょうか。解体された廃墟のように、想い出さえいつかは消えてしまうのでしょうか。
 いやいや、人が歩いたという足跡は、巡りくる季節のように、心のなかにいつまでも輝く青春のように、そして今、新しい夢を胸に・・・。

 
 詩集『夢の翼』より。

 「木漏れ日と透明人間」

誰もいない
木漏れ日のなか
ひとつの人影が
足もとのどんぐりを
浮かびあがらせます

ふと 目にとまったのは
あかげら
悠然と どんぐりの幹を
餌を 啄ばみながら
上へ上へと

すると
チィ チィ チィー
サッと 風を切る音が

見あげると 今度は
紅葉した雑木林の
葉から葉影へと
青い痩せた小鳥たちが
飛び交っています

誰もいない やわらかな
木漏れ日のなか
雑木林は 風に揺れ
ぼくは
透明人間になりました


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 廃墟と私。想い出はまだまだありますが、ひとまず終わりにしたいと思います。いつか、再び透明人間となって、時空を自由に旅できたらな・・・・・。


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・五月となり、周りの景色は生き生きとしてきました。上の写真は、小さな家の庭に咲くヤマブキです。花言葉は、気品・待ちかねる・崇高とありました。人って、いつも何かを待ちかねているのかもしれませんね・・・・・。


「やまぶきのかがやき」

とおい むかしのことです
やまぶきがさいているねと
てがみをもらいました

そのやまぶきが
いえのにわにさいている
ことにきづいたのは
あとのことでした
やまぶきのはなのなまえを
しらなかったわたしです

そんなてがみをくれたきみは
いま どこで なにを
しているのか 
でも やまぶきのはなを
みるたび 
おもいだします

そして まちかねても
やえやまぶきには
みがならないことを
しったばかりですが
まぶしい かがやきです



廃墟と私 4

 思えば、堀辰雄の「美しい村」や立原道造の「萱草に寄す」を読めば、そこでのなにげない自然の描写が美しいです。そんな静かな高原の中に佇む廃墟だったゆえ、たんなる廃墟ではなく、ひとつの人格としての風格すら覚えたのは私だけでしょうか。黙して語らずの廃墟でしたが、モーターロッジとして脚光を浴びた昭和の時代から時のなかに埋もれた平成の廃墟としての私。
 

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 今はこの世から消えてしまったのですが、解体される最後まで、潔く高原の美しい自然のなかに包まれてあったのです・・・。

 堀辰雄の「美しい村」より。

 或る小高い丘の頂きにあるお天狗様のところまで登って見ようと思って、私は、去年の落葉ですっかり地肌の見えないほど埋まっているやや急な山径をガサガサと音させながら上って行ったが、だんだんその落葉の量が増して行って、私の靴がその中に気味悪いくらい深く入るようになり、腐った葉の湿り気がその靴のなかまで滲み込んで来そうに思えたので、私はよっぽどそのまま引っ返そうかと思った時分になって、雑木林の中からその見棄てられた家が不意に私の目の前に立ち現れたのであった。

 立原道造の「萱草に寄す」より。

 夢はいつもかへつて行つた 山の麓のさびしい村に
 水引草に風がたち
 草ひばりのうたひやまない
 しづまりかへつた午さがりの林道を

 
 そんな堀辰雄や立原道造の物語には、青春の恋人との出会いと別れが美しい自然とのかかわりのなかに描写されているのですが、私と廃墟とのかかわりの時期、顔を見ることのないネットでの幾つかの出会いと別れがありました。

 
 詩集『夢の翼』より。

  「あこがれ」

ぼくは どんよりとした雲の下
満開の桜並木には なぜか 息苦しさをおぼえてしまう
ぼくは 華やかに空を覆うように咲く桜より 
どこかの山あいに
そっと咲く 風に揺れる 山桜なんかが 好きだ
そして 山々は日々 緑を増していくだろう
山あいの村に住むきみは 何を夢みているのかな
ぼくは ただ風の音に耳を澄ませ
青い空と 流れる白い雲を 瞳に映すだろう
ただ きみへの憧れは あるがまま
そう
きみは 力強く
一歩を 踏みだすだろう
夏の訪れは
もうすぐです・・・


 そんな想い出話も、消えてしまった廃墟のように、ただ自分の心のなかに。ふりかえれば人生、誰しも自分だけの心のなかにしまい込んだ数々の楽しい出来事や切ない出来事があるのでしょう・・・。

        * * * * * * * * * *                                      

 廃墟と私の悲しい想い出です。2011年平成23年3月11日に東日本巨大地震があり福島原子力発電所の放射能漏れがありました。その年の冬は厳しく、私の愛していた一本の山桜の大きな枝が、凍りついた樹氷の重みで折れてしまったのです。

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 なぜか、それから人生、生きていくことの大変さを思うばかりです・・・。空中に飛散した放射能は、この廃墟にも届いていたのです。
 でも、木漏れ日はなにごともなかったかのようにやさしく廃墟を照らしました・・・。

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 次回に続く。

・きょうから四月、みんなそれぞれの新しい一日です。楽しい日々でありますように・・・・・。

廃墟と私 3

 この廃墟の北には浅間山があり、少し北に向かって歩いて行くと目の前にぐっとその雄大な姿を見せてくれたのでした。


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 私のそこでの2002年・平成14年から10年ほどの勤務でしたが、その間に、数回ちょっとした小規模の噴火がありました。2009年2月の噴火ですが、噴煙は南東方向に流れ、埼玉、東京、神奈川など関東南部の各地でも降灰を確認したのです。そして、私の記憶になまなましく残っているのは、2004年・平成16年9月の噴火です。気象庁のそのときの記事の紹介です。活動経過・被害状況等として。

 火砕物降下。噴火場所は釜山火口。
 7 月下旬から噴煙活動活発。微弱火映。火口底温度上昇。火山ガスにより山腹の樹木変色。8 月31 日夜より地震多発。9 月1 日20:02 に21年ぶりに爆発して活動を再開。9 月1 日の爆発は、大きい爆発音と空振(205 パスカル:軽井沢町追分)を伴い、噴石を飛散、山頂の北東6kmまで最大3cm の火山礫が降下、北東方向の群馬県・福島県(最も遠いところは相馬市)の一部で降灰。9 月14~18 日小規模噴火がしばしば発生、特に16 日未明~ 17 日夕方はほぼ連続的に発生。南東の軽井沢町には多量の降灰があり、群馬県・埼玉県・東京都・神奈川県・千葉県(最も遠いところは勝浦市)の一部でも降灰。この頃火口底に新しい溶岩が出現。9 月23 日19:44 爆発。中程度の爆発音と空振が発生。爆発地震により御代田町御代田で震度1。山頂の北北東4km に最大3cm の火山礫が降下、北北東方向の群馬県・新潟県・山形県(最も遠いところは東根市)の一部で降灰。9 月29 日12:17 爆発。弱い爆発音と空振が発生。
 爆発地震により軽井沢町追分・御代田町御代田で震度1 を観測。山頂の北4km に最大4cm の火山礫が降下、北から北北東方向の群馬県嬬恋村・長野原町・草津町等の一部で降灰。11 月14 日20:59 爆発。大きい爆発音と中程度の空振を伴い、山頂の東4km に直径4~ 5cm 火山礫(最大は7.5cm)が降下、長野県、群馬県、栃木県の一部で降灰。


 私は、生れてはじめてサラサラと舞ってくる火山灰を目にしたのです。それから10年は過ぎ、何事もなかったように落ち着いた日々ですが、その噴火を契機に、立原道造の詩を、改めて近しいものと感じたのです。道造詩集 
 『萱草に寄す』より。

  はじめてのものに

ささやかな地異は そのかたみに
灰を降らした この村に ひとしきり
灰はかなしい追憶のやうに 音立てて
樹木の梢に 家々の屋根に 降りしきった

その夜 月は明かつたが 私はひとと
窓に凭れて語りあつた(その窓からは山の姿が見えた)
部屋の隅々に 峡谷のやうに 光と
よくひびく笑ひ声が溢れてゐた

――人の心を知ることは……人の心とは……
私は そのひとが蛾を追ふ手つきを あれは蛾を
把へようとするのだらうか 何かいぶかしかつた

いかな日にみねに灰の煙の立ち初めたか
火の山の物語と……また幾夜さかは 果して夢に
その夜習つたエリーザベトの物語を織つた

 道造の詩の降りしきる灰は、1934~ 37・昭和9~12年にあった浅間山の噴火に関してなのだろう。道造が見たように、私も追分の空に降ってくる灰を見たということで、道造を近しい人のように勝手ながら思ったのです。最も、道造は24歳の若さでこの世を去っていて、私が追分の地で、浅間山の噴火に出会ったのはその倍の48歳の頃でした。人生、青春が二度あるとしたら、ふと、50歳を過ぎた頃から第二の青春が始まるのではと思った自分です。というのも、人生半分が過ぎ、挫折や失敗など、たとえば離婚とか失業などを経験したからこそ・・・、大人であるからこそ知る純粋さが第二の青春を思うのでしょう・・・・・。

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 次回に続く。

廃墟と私  2

 その廃墟ですが、なぜ若者に好かれていたのかと言うと、洒落たホテルのように思われる廃墟にはステージがあり、そこで大きな音をたて演奏できること、林のなかの建物であることなどが良かったのでは。それに昭和40年代の当時のとても洒落たカタツムリ型の螺旋を描くコンクリ-ト造りの建物が長い月日を経て廃墟となってしまったのですが、そのどこか退廃的な部分が若者の音楽のプロモーションビデオ撮影の場所として、適していたのでしょう。私はと言うと建物の内部に入ったことは、数えるほどしかなく、出会ってから解体されるまでの間、その外観を季節の移ろいのなかの風景として見ていたのです。

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 それでも透明人間となった私は、その廃墟での演奏の履歴を調べて見ました。

 2004年にリリースされたスピッツの「スターゲイザー」https://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=SC6fWmtzGf0。ジャパハリネットの「哀愁交差点」。スキマスイッチの「冬の口笛」のプロモーションビデオからはじまり、ヴィジュアル系の2012年HEROの「to you...」、ガゼットの「体温」など・・・・・。

 「廃墟とロック」

飛び跳ねて
体を波打たせ
爆発したかと
おもえば
せつない気持よ
きみに届けと

ギターやドラムや
きみの歌声は
廃墟の窓から
風に乗って
大空のなかに

そんな
熱い熱い
ロックやヴィジュアル
の撮影が
数多くあった廃墟も

今は消えてしまいました

でも その熱い熱い
歌声はいつでも
心のなかに
甦る 熱い熱い
地球の鼓動です


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 さて、廃墟マニアなどに惜しまれ2014年に解体されてしまった建物に、なぜ私がこだわっているのかって・・・・・。それは、立原道造や堀辰雄がこの地にかつて来たことがあるということ。私自身の勤め先が、この廃墟の近くにあったということによるのです。そして、人生の悲哀を思うようになったこの頃、今は消えてしまい過去のものとなってしまったものにも光をあてていいのではと思うようになったのです。

 そう、この廃墟の入口前の山桜は春になると変わらぬ清楚な花を咲かせるのでした。。

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 次回に続く。

廃墟と私 1

 人生、こうしてこの世に生きているということは、ときにそれは楽しいことではないでしょうか。箸が転んでも可笑しい年頃なんて言葉がありますが、この世に生まれてきた赤ちゃんや幼子の瞳を覗きこむと、それはそれは、世界が笑っていると思われても不思議ではないですね。また、この世に生まれてきたものは、いつかはこの世から消えてなくなってしまうのですから、明滅するそのときどきに、なにか心に感じられればそれでいいのでしょう・・・。

 今はなき想い出ばなしです。ところどころにひびが入った、赤レンガ造りのなんだか雰囲気のある廃墟にみせられたのは、道造が恋人と歩いたという道を歩いていたときでした。道をそれて林のなかに分け入った私は、分厚いコンクリートで固められた要塞のような不思議な建物に出会ったのです。

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 今はその廃墟もきれいに片づけられて跡形もないのですが。これから話す物語は、私の平凡な日々に、ちょっとしたときめきをもたらしてくれた今は亡き廃墟と私のお話です。

     一

 私はその廃墟で、ステファニーと出会ったのでした。ステファニーは、一人旅の途中で、ふと、この廃墟に立ち寄ったのです。初めて出会ったステファニーとは不思議に話が弾み、自分を透明にするという不思議なおまじないを教えていただきました。それは、あらゆるものは振動しているのであり、その振動数を高くしていけば肉体の束縛から離れ、透明人間になれるということでした。私とステファニーとの出会いはその一度だけでした。でも透明になる術を身につけた私は、ときどき訪れた廃墟で、透明人間になってみたのです。

 
   「テレパシーな恋心」

ぼくが ステファニーと出会ったのは
赤レンガ造りの小さな廃墟の前だった
ステファニーは 自転車の一人旅の途中
ぼくは 灰色の瞳のステファニーが
なぜか 宇宙からの 訪問者のようにおもえたのです

どこかの国の映画だったか
夢に見た建物が
宇宙への交信基地だったという話があったような

ぼくは プレアデス星団という言葉に なぜか
懐かしいおもいを抱きながら
しばし ステファニーと 話すことなく
テレパシーで交信したのでした

「人間には 生まれかわりがありますが
あなたの星でもそうですか」

「はい わたしの星でもそうです でも
地球人として 生まれかわる人は多くはいません」

「あなたの星でも 愛という言葉はありますか」

「はい でも わたしたちの星では
ハート 心と心の交流を大切にします」

秋の陽が傾くのは早いです
競輪選手のようないでたちのステファニーは

「じゃ 目的地に着いたら 絵ハガキを送るからね」と

ぼくは 小さく 小さくなって行くステファニーの後ろ姿を
見送りながら

「この地球上の どこかで また 会えたらな・・・」

やがて 遠くに見える アルプスの山並の上の
白い雲が マジェンタ色に 染まりました


 ステファニーと別れたその年の冬も、標高千メートルにある廃墟は時々雪に覆われ、私はというと、この廃墟にくると、自然と透明人間になるのでした。

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 また長い冬が過ぎ、山桜咲く頃になると、この廃墟を訪れる若者たちの姿をよく見るようになったのです。この時のなかに忘れられた廃墟がなぜか、音楽仲間に気に入られ、若者のロックやビジュアル系バンドのプロモーションビデオ撮影などに利用されたのです・・・。

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・ 「テレパシーな恋心」 ですが、詩集「夢の翼」2009年よりの引用です。さて透明人間になった私が見た物語の続きは、また次回です・・・・・・。
      
                                                     
                                                

この日をつかめ

 「生きていることは不思議です。少年の頃は、なにもかもが新鮮に見えたものです。いつのまにか大人になり、時に、生きていくことに疲れてしまったと思うこともあるでしょう・・・。」

 こんな文句を書いてはじめたブログですが、早いものであれから10年目になりました。顔を見ることのないブログ仲間ですが、そんなネットでの交流ですが、少しの間だけれども親しくなった人との別れは寂しいです。それでも、出会ってから今でも続いている気持玉等には励まされます。そんなこんなで、ヴァーチャルの世界かもしれませんが、ネットの向こう側で生活している、現実のブログ仲間の心に、何らかの足跡を残せたらなと・・・。
 この世に生まれたものは、いつかは消えてなくなるのですが・・・。

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 40年以上も昔のことです。八ヶ岳高原線の愛称を持つ小海線で通学した小諸の高校にはその後、一度も訪れていませんが、小諸懐古園には藤村記念館があり、確かその園内のどこかに、牧水の次の碑があったと思います。


   かたわらに秋草の花語るらくほろびしものはなつかしきかな

  近しい人の突然の別れ、それもこの世からの別れとなると、なんとも言いようがないです。この世を去ってしまった人は戻ってはこない。自分もいつかは、この世を去るのですが、見渡せば、地震、台風などで命を落とした人。交通事故で亡くなった人。生きて行くことに耐えられなくて、自ら命を絶った人・・・。残された身近な人たちのショックはいかばかりだろう。でも、それらを通して、今こうしてこの世を生きている自分は、自分なりに精いっぱい今という時を生きていくしかないんだなと。

 みわたせば、先人が詩や言葉を通して、様々な作品を残しています。自分はあまり小説を読まないのですが、このところ幾つかの作品に出会いました。不定期ではありますが、それらとの出会いを自分なりに、思うままに、思いを綴っていけたらなと・・・。

    * * * * * * * * * *
  
  『この日をつかめ』 ソール・ベロー  を読んで。

  ソール・ベローの「この日をつかめ」ですが、ウィルヘルムという40代の男を主人公にした物語です。妻と二人の子供と別れ、時々、別れた妻から、子供の養育費のようなものの請求がくるのですが、自ら職を失ってしまったウィルヘルムは、ある程度の手持ちの金でタムキンという男の勧めにのって株取引に手をだし、結局、一文無しになってしまう同情に値する物語なです。
 本のあとがきから、引用してみると・・・。ペローが一貫して関心を寄せるのは、物質文明が進むだけ進んでしまった現代アメリカという巨大な社会機構の中で、人間ひとりひとりの存在とは何であるかをあらためて問いなおし、その上に立って現代における個人の救済を考えることであろう。「自己とは何か」という問題がペローの出発であり、帰結するところにほかならない。ペローの作品では、世界はすべて自己という問題を中心として提示される。この個的な自己は自らもその一部であるこの世界全体と分かちがたくかかわり合っているが、しかしまた、自己の存在を追及するためにこそ世界も存在する価値があるとされるのである。と。

 なんか哲学めいた話になってしまいましたが、わかりやすく言えば、人はこの世に生まれ、死が訪れるまでの間、いかに生きて行くかということ。それはいうまでもなく、自分の人生を生きることであり、自分という魂がもういいと思うまで輪廻転生をしてこの世に生まれてくるということ。だから、自ら命を絶った人も死んだからそれで終わりなのではなく、その魂が納得するまでは、この世に再び生れてくるのでしょう。だから、自殺した霊が、生きている人に憑依するなんてのはもってのほかなのです。一回失敗したからといって投げやりにならないで、再び生れてきたときには、後悔のないよう、今というこの日を生きて欲しいのです。
 過去がどうであれ、今というこの日をつかめです。

 タムキンを追いかけて、いつしかチャペルの中の葬列に加わったウィルヘルムです。一人の男、自分とおなじ一人の人間の死ということが初めはウィルヘルムの思いの中を貫いていたが、やがてもっとほかのいろいろなことが心にうかんでは洗い流されていった。自分はこれからどうしたらいいのだろう?もうすっかり無一文で、投げ出されている。・・・・・ああ、お父さん、あなたに何を求めればいいのでしょうか。子供たち トミーとポールのことはどうすればいい?ぼくの子供なのだ。それにオリーヴは?   


 「この日をつかめ」

涙はすべてを
忘却のかなたに
連れ去るだろうか

暗くなった 今
夕焼け小焼け
の音が聞こえて
きました

人生 
再びあうことのない
出会いのほうが
多いでしょうか

それでも 
箸が転んでも可笑しい
熱い別れた
恋人たちのように

あるいは
張り裂ける胸の痛みを
そっと ひとり胸に

胸の奥深く燃える 炎のように

この日をつかめです。


・時が少しづつ気持ちの整理をしているようです。今年もあと少しです。久しぶりにブログの更新です。ブログ仲間のみなさんも、良い毎日でありますように・・・。

賢治童話と私 12 雁の童子 その2

 昨年の11月に愛する妹をなくして、一年もまもなくというところで母の死に出会った自分です。この1年のあいだに近しい人を二人亡くしてしまって、生とは死とは何なんなのだろう・・・、「サークル・詩と私」は、更新していこうと思いますが、次のブログの更新は・・・。

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今回は、前回の「雁の童子」の続きです。

 又ある時、すりやさまは童子をつれて、馬市の中を通られましたら、一疋の仔馬が乳を呑んで居ったと申します。黒い粗布を着た馬商人が来て、仔馬を引きはなしもう一疋の仔馬に結びつけ、そして黙ってそれを引いて行こうと致しまする。母親の馬はびっくりして高く鳴きました。なれども仔馬はぐんぐん連れて行かれまする。向うの角を曲ろうとして、仔馬は急いで後肢を一方あげて、腹の蠅を叩きました。
 童子は母馬の茶いろな瞳を、ちらっと横眼で見られましたが、俄かに須利耶さまにすがりついて泣き出されました。けれども須利耶さまはお叱りなさいませんでした。ご自分の袖で童子の頭をつつむようにして、馬市を通りすぎてから河岸の青い草の上に童子を座らせて杏の実を出しておやりになりながら、しずかにおたずねなさいました。


(お前はさっきどうして泣いたの。)
(だってお父さん。みんなが仔馬をむりに連れて行くんだもの。)
(馬は仕方ない。もう大きくなったからこれから独りで働らくんだ。)
(あの馬はまだ乳を呑んでいたよ。)
(それはそばに置いてはいつまでも甘えるから仕方ない。)
(だってお父さん。みんながあのお母さんの馬にも子供の馬にもあとで荷物を一杯つけてひどい山を連れて行くんだ。それから食べ物がなくなると殺して食べてしまうんだろう。)
 
 須利耶さまは何気ないふうで、そんな成人のようなことを云うもんじゃないとは仰っしゃいましたが、本統は少しその天の子供が恐ろしくもお思いでしたと、まあそう申し伝えます。
 
 須利耶さまは童子を十二のとき、少し離れた首都のある外道の塾にお入れなさいました。
 童子の母さまは、一生けん命機を織って、塾料や小遣いやらを拵らえてお送りなさいました。
 冬が近くて、天山はもうまっ白になり、桑の葉が黄いろに枯れてカサカサ落ちました頃、ある日のこと、童子が俄かに帰っておいでです。母さまが窓から目敏く見付けて出て行かれました。
 須利耶さまは知らないふりで写経を続けておいでです。

(まあお前は今ごろどうしたのです。)
(私、もうお母さんと一諸に働らこうと思います。勉強している暇はないんです。)
 母さまは、須利耶さまの方に気兼ねしながら申されました。

(お前は又そんなおとなのようなことを云って、仕方ないではありませんか。早く帰って勉強して、立派になって、みんなの為にならないとなりません。)
(だっておっかさん。おっかさんの手はそんなにガサガサしているのでしょう。それだのに私の手はこんななんでしょう。)
(そんなことをお前が云わなくてもいいのです。誰でも年を老れば手は荒れます。そんな事より、早く帰って勉強をなさい。お前の立派になる事ばかり私には楽みなんだから。お父さんがお聞きになると叱られますよ。ね。さあ、おいで。)と斯う申されます。
 
童子はしょんぼり庭から道に出られました。それでも、また立ち停ってしまわれましたので、母さまも出て行かれてもっと向うまでお連れになりました。そこは沼地でございました。母さまは戻ろうとして又(さあ、おいで早く)と仰っしゃったのでしたが童子はやっぱり停まったまま、家の方をぼんやり見て居られますので、母さまも仕方なく又振り返って、蘆を一本抜いて小さな笛をつくり、それをお持たせになりました。
 童子はやっと歩き出されました。そして、遥かに冷たい縞をつくる雲のこちらに、蘆がそよいで、やがて童子の姿が、小さく小さくなってしまわれました。俄かに空を羽音がして、雁の一列が通りました時、須利耶さまは窓からそれを見て、思わずどきっとなされました。
 
そうして冬に入りましたのでございます。その厳しい冬が過ぎますと、まず楊の芽は温和しく光り、沙漠には砂糖水のような陽炎が徘徊いたしまする。杏やすももの白い花が咲き、次では木立も草地もまっ青になり、もはや玉髄の雲の峯が、四方の空を繞る頃となりました。
 ちょうどそのころ沙車の町はづれの砂の中から、古い沙車大寺のあとが掘り出されたとのことでございました。
 一つの壁がまだそのままで見附けられ、そこには三人の天童子が描かれ、ことにその一人はまるで生きたようだとみんなが評判しましたそうです。或るよく晴れた日、須利耶さまは都に出られ、童子の師匠を訪ねて色々礼を述べ、又三巻の粗布を贈り、それから半日、童子を連れて歩きたいと申されました。
 
 お二人は雑沓の通りを過ぎて行かれました。
 須利耶さまが歩きながら、何気なく云われますには、
(どうだ、今日の空の碧いことは、お前がたの年は、丁度今あのそらへ飛びあがろうとして羽をばたばた云わせているようなものだ。)
 童子が大へんに沈んで答えられました。
(お父さん。私はお父さんとはなれてどこへも行きたくありません。)
 須利耶さまはお笑いになりました。
(勿論だ。この人の大きな旅では、自分だけひとり遠い光の空へ飛び去ることはいけないのだ。)
(いいえ、お父さん。私はどこへも行きたくありません。そして誰もどこへも行かないでいいのでしょうか。)とこう云う不思議なお尋ねでございます。

(誰もどこへも行かないでいいかってどう云うことだ。)
(誰もね、ひとりで離れてどこへも行かないでいいのでしょうか。)
(うん。それは行かないでいいだろう。)と須利耶さまは何の気もなくぼんやりと斯うお答えでした。
 
 そしてお二人は町の広場を通り抜けて、だんだん郊外に来られました。沙がずうっとひろがって居りました。その砂が一ところ深く掘られて、沢山の人がその中に立ってございました。お二人も下りて行かれたのです。そこに古い一つの壁がありました。色はあせてはいましたが、三人の天の童子たちがかいてございました。須利耶さまは思わずどきっとなりました。何か大きな重いものが、遠くの空からばったりかぶさったように思われましたのです。それでも何気なく申されますには、

 (なる程立派なもんだ。あまりよく出来てなんだか恐いようだ。この天童はどこかお前に肖ているよ。)
 須利耶さまは童子をふりかえりました。そしたら童子はなんだかわらったまま、倒れかかっていられました。須利耶さまは愕ろいて急いで抱き留められました。童子はお父さんの腕の中で夢のようにつぶやかれました。

 (おじいさんがお迎いをよこしたのです。)
 須利耶さまは急いで叫ばれました。
(お前どうしたのだ。どこへも行ってはいけないよ。)
 童子が微かに云われました。
(お父さん。お許し下さい。私はあなたの子です。この壁は前にお父さんが書いたのです。そのとき私は王の……だったのですがこの絵ができてから王さまは殺されわたくしどもはいっしょに出家したのでしたが敵王がきて寺を焼くとき二日ほど俗服を着てかくれているうちわたくしは恋人があってこのまま出家にかえるのをやめようかと思ったのです。)
 人々が集まって口口に叫びました。
(雁の童子だ。雁の童子だ。)
 童子はも一度、少し唇をうごかして、何かつぶやいたようでございましたが、須利耶さまはもうそれをお聞きとりなさらなかったと申します。
 私の知って居りますのはただこれだけでございます。」
 
 老人はもう行かなければならないようでした。私はほんとうに名残り惜しく思い、まっすぐに立って合掌して申しました。

 「尊いお物語をありがとうございました。まことにお互い、ちょっと沙漠のへりの泉で、お眼にかかって、ただ一時を、一諸に過ごしただけではございますが、これもかりそめの事ではないと存じます。ほんの通りかかりの二人の旅人とは見えますが、実はお互がどんなものかもよくわからないのでございます。いずれはもろともに、善逝の示された光の道を進み、かの無上菩提に至ることでございます。それではお別れいたします。さようなら。」
 
 老人は、黙って礼を返しました。何か云いたいようでしたが黙って俄かに向うを向き、今まで私の来た方の荒地にとぼとぼ歩き出しました。私も又、丁度その反対の方の、さびしい石原を合掌したまま進みました。



・「雁の童子」の話、いかがでしたか・・・。


 「合掌・・・」

雁の童子いはく
みんな
この世に
生まれてきました。

さまざまな
出会いと別れが
あるように
朝がきて
真昼の太陽が
いつしか夕焼けとなり
夜の闇が訪れ
ます。



いずれはもろともに
善逝の示された
光の道を進み
かの無上菩提に
至るのです。

それまで

今は亡き
出会った人の
笑顔と
あたたかな声を胸に
きょうも 
新しい出会いに
感謝して












あえぐ
生死の苦しみも
消えてあとなく
なりぬべし。


賢治童話と私 12 雁の童子  

  「雁の童子」

 流沙の南の、楊で囲まれた小さな泉で、私は、いった麦粉を水にといて、昼の食事をして居りました。
 そのとき、一人の巡礼のおじいさんが、やっぱり食事のために、そこへやって来ました。私たちはだまって軽く礼をしました。

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 けれども、半日まるっきり人にも出会わないそんな旅でしたから、私は食事がすんでも、すぐに泉とその年老った巡礼とから、別れてしまいたくありませんでした。
 私はしばらくその老人の、高い咽喉仏のぎくぎく動くのを、見るともなしに見ていました。何か話し掛けたいと思いましたが、どうもあんまり向うが寂かなので、私は少しきゅうくつにも思いました。
 けれども、ふと私は泉のうしろに、小さな祠のあるのを見付けました。それは大へん小さくて、地理学者や探検家ならばちょっと標本に持って行けそうなものではありましたがまだ全くあたらしく黄いろと赤のペンキさえ塗られていかにも異様に思われ、その前には、粗末ながら一本の幡も立っていました。
 私は老人が、もう食事も終りそうなのを見てたずねました。
「失礼ですがあのお堂はどなたをおまつりしたのですか。」
 その老人も、たしかに何か、私に話しかけたくていたのです。だまって二三度うなずきながら、そのたべものをのみ下して、低く言いました。
「……童子のです。」
「童子ってどう云う方ですか。」
「雁の童子と仰っしゃるのは。」老人は食器をしまい、屈んで泉の水をすくい、きれいに口をそそいでから又云いました。
「雁の童子と仰っしゃるのは、まるでこの頃あった昔ばなしのようなのです。この地方にこのごろ降りられました天童子だというのです。このお堂はこのごろ流沙の向う側にも、あちこち建って居ります。」
「天のこどもが、降りたのですか。罪があって天から流されたのですか。」
「さあ、よくわかりませんが、よくこの辺でそう申します。多分そうでございましょう。」
「いかがでしょう、聞かせて下さいませんか。お急ぎでさえなかったら。」
「いいえ、急ぎはいたしません。私の聴いただけお話いたしましょう。」

 ・長い前置きになってしまいましたが、以下、「雁の童子」の紹介です。

    
    * * * * * * *  * * *
 

 さしゃに、すりやけいという人がございました。名門ではございましたそうですが、おちぶれて奥さまと二人、ご自分は昔からの写経をなさり、奥さまはたを織って、しずかにくらしていられました。
 ある明方、すりやけいさまが鉄砲をもったご自分のいとこの方とご一諸に、野原を歩いていられました。地面はごく麗わしい青い石で、空がぼおっと白く見え、雪もま近でございました。
 すりやけいさまがおいとこさまに仰っしゃるには、お前もさような慰みの殺生を、もういい加減やめたらどうだと、こうでございました。
 ところがいとこの方が、まるですげなく、やめられないと、ご返事です。

(お前はずいぶんむごいやつだ、お前の傷めたり殺したりするものが、一体どんなものだかわかっているか、どんなものでもいのちは悲しいものなのだぞ)と、すりやさまは重ねておさとしになりました。
(そうかもしれないよ。けれどもそうでないかもしれない。そうだとすればおれは一層おもしろいのだ、まあそんな下らない話はやめろ、そんなことは昔の坊主どもの言うこった、見ろ、向うを雁が行くだろう、おれは仕止めて見せる、)といとこの方は鉄砲を構えて、走って見えなくなりました。
 
 すりやさまは、その大きな黒い雁の列を、じっと眺めて立たれました。
 そのとき俄かに向うから、黒い尖った弾丸が昇って、まっ先きの雁の胸を射ました。
 雁は二三べん揺らぎました。見る見るからだに火が燃え出し、世にも悲しく叫びながら、落ちて参ったのでございます。
 弾丸が又昇って次の雁の胸をつらぬきました。それでもどの雁も、遁げはいたしませんでした。
 却って泣き叫びながらも、落ちて来る雁に随いました。
 第三の弾丸が昇り、
 第四の弾丸が又昇りました。
 六発の弾丸が六疋の雁を傷つけまして、一ばんしまいの小さな一疋丈けが、傷つかずに残っていたのでございます。燃え叫ぶ六疋は、もだえながら空を沈み、しまいの一疋は泣いて随い、それでも雁の正しい列は、決して乱れはいたしません。
 そのときすりやさまの愕ろきには、いつか雁がみな空を飛ぶ人の形に変って居りました。
 赤い焔に包まれて、歎き叫んで手足をもだえ、落ちて参る五人、それからしまいに只一人、完いものは可愛らしい天の子供でございました。
 そしてすりやさまは、たしかにその子供に見覚えがございました。最初のものは、もはや地面に達しまする。それは白い鬚の老人で、倒れて燃えながら、骨立った両手を合せ、すりやさまを拝むようにして、切なく叫びますのには、

(須利耶さま、須利耶さま、おねがいでございます。どうか私の孫をお連れ下さいませ。)
 
 もちろんすりやさまは、馳せ寄って申されました。(いいとも、いいとも、確かにおれが引き取ってやろう。しかし一体お前らは、どうしたのだ。)そのとき次々に雁が地面に落ちて来て燃えました。大人もあれば美しい瓔珞をかけた女子もございました。その女子はまっかな焔に燃えながら、手をあのおしまいの子にのばし、子供は泣いてそのまわりをはせめぐったと申しまする。雁の老人が重ねて申しますには、

(私共は天の眷属でございます。罪があってただいままで雁の形を受けて居りました。只今報いを果しました。私共は天に帰ります。ただ私の一人の孫はまだ帰れません。これはあなたとは縁のあるものでございます。どうぞあなたの子にしてお育てを願います。おねがいでございます。)と斯うでございます。
 
 すりやさまが申されました。

(いいとも。すっかり判った。引き受けた。安心して呉れ。)
 
 すると老人は手を擦って地面に頭を垂れたと思うと、もう燃えつきて、影もかたちもございませんでした。須利耶さまも従弟さまも鉄砲をもったままぼんやりと立っていられましたそうでいったい二人いっしょに夢を見たのかとも思われましたそうですがあとでいとこさまの申されますにはその鉄砲はまだ熱く弾丸は減って居りそのみんなのひざまずいた所の草はたしかに倒れて居ったそうでございます。
 
 そしてもちろんそこにはその童子が立っていられましたのです。すりやさまはわれにかえって童子に向って云われました。

(お前は今日からおれの子供だ。もう泣かないでいい。お前の前のお母さんや兄さんたちは、立派な国に昇って行かれた。さあおいで。)
 すりやさまはごじぶんのうちへ戻られました。途中の野原は青い石でしんとして子供は泣きながら随いて参りました。
 すりやさまは奥さまとご相談で、何と名前をつけようか、三四日お考えでございましたが、そのうち、話はもう沙車全体にひろがり、みんなは子供を雁の童子と呼びましたので、すりやさまも仕方なくそう呼んでおいででございました。」
 
 

 老人はちょっと息を切りました。私は足もとの小さな苔を見ながら、この怪しい空から落ちて赤い焔につつまれ、かなしく燃えて行く人たちの姿を、はっきりと思い浮べました。老人はしばらく私を見ていましたが、又語りつづけました。


「さしゃの春の終りには、野原いちめんやなぎの花が光って飛びます。遠くの氷の山からは、白い何とも云えず瞳を痛くするような光が、日光の中を這ってまいります。それから果樹がちらちらゆすれ、ひばりはそらですきとおった波をたてまする。童子は早くも六つになられました。春のある夕方のこと、すりやさまは雁から来たお子さまをつれて、町を通って参られました。葡萄いろの重い雲の下を、影法師のこうもりがひらひらと飛んで過ぎました。
 子供らが長い棒に紐をつけて、それを追いました。
 
(雁の童子だ。雁の童子だ。)
 
 子供らは棒を棄て手をつなぎ合って大きな環になりすりやさま親子を囲みました。
 
 すりやさまは笑っておいででございました。
 子供らは声を揃えていつものようにはやしまする。
  
 (雁の子、雁の子雁童子、
   空からすりやにおりて来た。)
 と斯うでございます。けれども一人の子供が冗談に申しまするには、
  
 (雁のすてご、雁のすてご、
   春になってもまだ居るか。)
 
 みんなはどっと笑いましてそれからどう云うわけか小さな石が一つ飛んで来て童子の頬を打ちました。すりやさまは童子をかばってみんなに申されますのには
 おまえたちは何をするんだ、この子供は何か悪いことをしたか、冗談にも石を投げるなんていけないぞ。
 子供らが叫んでばらばら走って来て童子に詫びたり慰めたりいたしました。或る子は前掛けの衣嚢から干した無花果を出してやろうといたしました。
 童子は初めからお了いまでにこにこ笑って居られました。すりやさまもお笑いになりみんなを赦して童子を連れて其処をはなれなさいました。
 
 そして浅黄の瑪瑙の、しずかな夕もやの中で云われました。
(よくお前はさっき泣かなかったな。)その時童子はお父さまにすがりながら、
(お父さんわたしの前のおじいさんはね、からだに弾丸をからだに七つ持っていたよ。)と斯う申されたと伝えます。」

 

 巡礼の老人は私の顔を見ました。
 私もじっと老人のうるんだ眼を見あげて居りました。老人は又語りつづけました。

 「又或る晩のこと童子は寝付けないでいつ迄も床の上でもがきなさいました。

(おっかさんねむられないよう)と仰っしゃりまする、すりやの奥さまは立って行って静かに頭を撫でておやりなさいました。童子さまの脳はもうすっかり疲れて、白い網のようになって、ぶるぶるゆれ、その中に赤い大きな三日月が浮かんだり、そのへん一杯にぜんまいの芽のようなものが見えたり、また四角な変に柔らかな白いものが、だんだん拡がって恐ろしい大きな箱になったりするのでございました。母さまはその額が余り熱いといって心配なさいました。すりやさまは写しかけの経文に、掌を合せて立ちあがられ、それから童子さまを立たせて、紅革の帯を結んでやり表へ連れてお出になりました。駅のどの家ももう戸を閉めてしまって、一面の星の下に、棟々が黒く列びました。その時童子はふと水の流れる音を聞かれました。そしてしばらく考えてから

(お父さん、水は夜でも流れるのですか)とお尋ねです。すりやさまは砂漠の向うから昇って来た大きな青い星を眺めながらお答えなされます。

(水は夜でも流れるよ。水は夜でも昼でも、平らな所ででさえなかったら、いつ迄もいつ迄も流れるのだ。)
 童子の脳は急にすっかり静まって、そして今度は早く母さまの処にお帰りなりとうなりまする。
(お父さん。もう帰ろうよ。)と申されながらすりやさまの袂を引っ張りなさいます。お二人は家に入り、母さまが迎えなされて戸の環を嵌めて居られますうちに、童子はいつかご自分の床に登って、着換えもせずにぐっすり眠ってしまわれました。
 
 又次のようなことも申します。
 ある日すりやさまは童子と食卓にお座りなさいました。食品の中に、蜜で煮た二つの鮒がございました。すりやの奥さまは、一つをすりやさまの前に置かれ、一つを童子にお与えなされました。

(喰べたくないよおっかさん。)童子が申されました。(おいしいのだよ。どれ、箸をお貸し。)
 
 すりやの奥さまは童子の箸をとって、魚を小さく砕きながら、(さあおあがり、おいしいよ)と勧められます。童子は母さまの魚を砕く間、じっとその横顔を見ていられましたが、俄かに胸が変な工合に迫って来て気の毒なような悲しいような何とも堪らなくなりました。くるっと立って鉄砲玉のように外へ走って出られました。そしてまっ白な雲の一杯に充ちた空に向って、大きな声で泣き出しました。
 まあどうしたのでしょう、と須利耶の奥さまが愕ろかれます。どうしたのだろう行って見ろ、とすりやさまも気づかわれます。そこですりやの奥さまは戸口にお立ちになりましたら童子はもう泣きやんで笑っていられましたとそんなことも申し伝えます。


・ このお話は続くのですが、空を渡る雁が鉄砲で撃ちおとされ、その空を飛ぶ雁がいつしか人の形に変って、地面に着くや焔となって燃えて消えてしまったのです。

(私共は天の眷属でございます。罪があってただいままで雁の形を受けて居りました。只今報いを果しました。私共は天に帰ります。ただ私の一人の孫はまだ帰れません。これはあなたとは縁のあるものでございます。どうぞあなたの子にしてお育てを願います。おねがいでございます。)と斯うでございます。

の文句から、この物語は、輪廻転生の物語だなと・・・・・。
 

 「雁の童子」

雁となった童子が
天から 人間の姿となり
再び 地上に降りてきました
何の因果か 人は皆

この世とあの世を
行き来して 成長していくと
私も いつしか 自分の
幾転生かを 想い出せる
ときがあるのだろうか

近しい 親しい者たちとの
別れに出会うたび
生きるとは 死とは
何かと思わないでは
ありませんが

瞬間瞬間が
一回きりの今でしか
ないとしたら
今を 明日にむかって
行くしかないんだね

秋って 通り過ぎてきた
日々をおもってしまうが
それはそれとして
収穫のときでも
あるんだね

きみは 何を手にしようと
しているのかな
いつしか きみの願いが
叶うことを


・神無月です。秋です・・・。私ごとですが、今、ひとつの試練に出くわしています。いつか落ち着けば、話せるときがくるかも。人間って、誰もが生きていくなかで、様々な試練に出会い、通りこしていくのでしょう。
 先日、出会った「強く生きる言葉より」

人生は積み重ねだと誰でも思っているようだ。
ぼくは逆に、積みへらすべきだと思う。
財産も知識も、蓄えれば蓄えるほど、
かえって人間は自在さを失ってしまう。

年とともに若くなっていくのが自分でわかるね。

だれでも、青春の日、人生にはじめてまともにぶつかる瞬間がある。
そのとき、ふと浮びあがってくる異様な映像に戦慄する。
それが自分自身の姿であることに驚くのだ。

賢治童話と私 11 「どんぐりと山猫」

  おかしなはがきが、ある土曜日の夕がた、一郎のうちにきました。

   かねた一郎さま 九月十九日
   あなたは、ごきげんよろしいほで、けっこです。
   あした、めんどなさいばんしますから、おいで
   んなさい。とびどぐもたないでくなさい。
                   山ねこ 拝

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 で始まる、この童話「どんぐりと山猫」は、あまりに有名なお話ですね。

  一郎は、足もとでパチパチ塩のはぜるような、音をききました。びっくりして屈んで見ますと、草のなかに、あっちにもこっちにも、黄金いろの円いものが、ぴかぴかひかっているのでした。よくみると、みんなそれは赤いずぼんをはいたどんぐりで、もうその数ときたら、三百でも利かないようでした。わあわあわあわあ、みんななにか云っているのです。

  山ねこが叫びました。

「やかましい。ここをなんとこころえる。しずまれ、しずまれ。」別当が、むちをひゅうぱちっと鳴らし、どんぐりはみんなしずまりました。山猫が一郎にそっと申しました。

「このとおりです。どうしたらいいでしょう。」一郎はわらってこたえました。

「そんなら、こう言いわたしたらいいでしょう。このなかでいちばんばかで、めちゃくちゃで、まるでなっていないようなのが、いちばんえらいとね。ぼくお説教できいたんです。」山猫はなるほどというふうにうなずいて、それからいかにも気取って、繻子のきものの胸を開いて、黄いろの陣羽織をちょっと出して、どんぐりどもに申しわたしました。

「よろしい。しずかにしろ。申しわたしだ。このなかで、いちばんえらくなくて、ばかで、めちゃくちゃで、てんでなっていなくて、あたまのつぶれたようなやつが、いちばんえらいのだ。」

 どんぐりは、しいんとしてしまいました。それはそれはしいんとして、堅まってしまいました。

  * * * * * * * * * * *

 一郎の山猫拝の裁判にたいする助言は、「ばかで、めちゃくちゃで、てんでなっていなくて、あたまのつぶれたようなやつが、いちばんえらいのだ。」という、どうでもいいような意見でした。思えば、人に偉いも偉くないもないのか知れませんが、社長や大臣や校長先生なんか、なんか肩書きがあると偉いのでしょう。

 
 その「どんぐりと山猫」の最後の場面ですが、「どうもありがとうございました。これほどのひどい裁判を、まるで一分半でかたずけてくださいました。どうかこれからわたしの裁判所の、名誉判事になってください。これからも、葉書が行ったら、どうか来てくださいませんか。そのたびにお礼はいたします。」
 
 「それから、はがきの文句ですが、これからは、用事これありに付き、明日出頭すべしと書いてどうでしょう。」
 一郎はわらって言いました。
「さあ、なんだか変ですね。そいつだけはやめたほうがいいでしょう。」
 
 山猫は、どうも言いようがまずかった、いかにも残念だというふうに、しばらくひげをひねったまま、下を向いていましたが、やっとあきらめて言いました。

 「それでは、文句はいままでのとおりにしましょう。そこで今日のお礼ですが、あなたは黄金のどんぐり一升と、塩鮭のあたまと、どっちをおすきですか。」

 一郎はお礼に黄金のどんぐりを望み、

 「さあ、おうちへお送りいたしましょう。」山猫が言いました。二人は馬車にのり別当は、どんぐりのますを馬車のなかに入れました。
 
 ひゅう、ぱちっ。
 馬車は草地をはなれました。木や藪がけむりのようにぐらぐらゆれました。一郎は黄金のどんぐりを見、やまねこはとぼけたかおつきで、遠くを見ていました。
 
 馬車が進むにしたがって、どんぐりはだんだん光がうすくなって、まもなく馬車がとまったときは、あたりまえの茶いろのどんぐりに変わっていました。そして、山ねこの黄いろな陣羽織も、別当も、きのこの馬車も、一度に見えなくなって、一郎はじぶんのうちの前に、どんぐりを入れたますを持って立っていました。
 
 それからあと、山ねこ拝というはがきは、もうきませんでした。やっぱり、出頭すべしと書いてもいいと言えばよかったと、一郎はときどき思うのです。

 * * * * * * * * * * *

 「一郎と山ねこ」

出会いは突然
やってきますが
別れは 
伏線があって
ああ あのときの
態度や ひとことが
原因で あったのでは
と おもうのです

一郎と山ねこ拝との
別れの原因として 
一郎は
出頭すべしと書いてもいいと
言えばよかった
と ときどきおもうのです

自分も 過ぎし
人生において
あのとき あんなことを
いったり あんなことを
しなかったら 
別れはなかったのでは
と おもうのです

きっと そのときどきの
何かが 相手の気分を
わるくしたり
相手が 引いて
しまったのでしょう

でも ひとときでも
その出会いが
しんけんだったら
それ以上 悩む
ことはないのでしょう

出会いと別れは
いつも背中合せですから
何がよくて 何がわるいか
わけのわからない
ところもあるでしょうが

これらのちいさなものがたりの
幾きれかが おしまい
あなたのすきとほつた
ほんとうのたべものに
なることを


・希望に満ちていた若かった頃が、遠い昔に思えます。歳を重ねるごとに苦しみばかりだとしたら、生きていることの楽しみって何だろうと思ってしまいます・・・。賢治童話が、いつになっても色あせないのは、賢治自身が若くしてこの世を去ったからかも知れません。でも、幾つになっても、賢治童話に共感できることは幸せではないでしょうか。移りゆく世のなかで、趣味でもなんでも、心をひらいて感じられる何かがあればいいですね。はや長月です・・・。