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zoom RSS この日をつかめ

<<   作成日時 : 2014/12/13 18:15   >>

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 「生きていることは不思議です。少年の頃は、なにもかもが新鮮に見えたものです。いつのまにか大人になり、時に、生きていくことに疲れてしまったと思うこともあるでしょう・・・。」

 こんな文句を書いてはじめたブログですが、早いものであれから10年目になりました。顔を見ることのないブログ仲間ですが、そんなネットでの交流ですが、少しの間だけれども親しくなった人との別れは寂しいです。それでも、出会ってから今でも続いている気持玉等には励まされます。そんなこんなで、ヴァーチャルの世界かもしれませんが、ネットの向こう側で生活している、現実のブログ仲間の心に、何らかの足跡を残せたらなと・・・。
 この世に生まれたものは、いつかは消えてなくなるのですが・・・。

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 40年以上も昔のことです。八ヶ岳高原線の愛称を持つ小海線で通学した小諸の高校にはその後、一度も訪れていませんが、小諸懐古園には藤村記念館があり、確かその園内のどこかに、牧水の次の碑があったと思います。


   かたわらに秋草の花語るらくほろびしものはなつかしきかな

  近しい人の突然の別れ、それもこの世からの別れとなると、なんとも言いようがないです。この世を去ってしまった人は戻ってはこない。自分もいつかは、この世を去るのですが、見渡せば、地震、台風などで命を落とした人。交通事故で亡くなった人。生きて行くことに耐えられなくて、自ら命を絶った人・・・。残された身近な人たちのショックはいかばかりだろう。でも、それらを通して、今こうしてこの世を生きている自分は、自分なりに精いっぱい今という時を生きていくしかないんだなと。

 みわたせば、先人が詩や言葉を通して、様々な作品を残しています。自分はあまり小説を読まないのですが、このところ幾つかの作品に出会いました。不定期ではありますが、それらとの出会いを自分なりに、思うままに、思いを綴っていけたらなと・・・。

    * * * * * * * * * *
  
  『この日をつかめ』 ソール・ベロー  を読んで。

  ソール・ベローの「この日をつかめ」ですが、ウィルヘルムという40代の男を主人公にした物語です。妻と二人の子供と別れ、時々、別れた妻から、子供の養育費のようなものの請求がくるのですが、自ら職を失ってしまったウィルヘルムは、ある程度の手持ちの金でタムキンという男の勧めにのって株取引に手をだし、結局、一文無しになってしまう同情に値する物語なです。
 本のあとがきから、引用してみると・・・。ペローが一貫して関心を寄せるのは、物質文明が進むだけ進んでしまった現代アメリカという巨大な社会機構の中で、人間ひとりひとりの存在とは何であるかをあらためて問いなおし、その上に立って現代における個人の救済を考えることであろう。「自己とは何か」という問題がペローの出発であり、帰結するところにほかならない。ペローの作品では、世界はすべて自己という問題を中心として提示される。この個的な自己は自らもその一部であるこの世界全体と分かちがたくかかわり合っているが、しかしまた、自己の存在を追及するためにこそ世界も存在する価値があるとされるのである。と。

 なんか哲学めいた話になってしまいましたが、わかりやすく言えば、人はこの世に生まれ、死が訪れるまでの間、いかに生きて行くかということ。それはいうまでもなく、自分の人生を生きることであり、自分という魂がもういいと思うまで輪廻転生をしてこの世に生まれてくるということ。だから、自ら命を絶った人も死んだからそれで終わりなのではなく、その魂が納得するまでは、この世に再び生れてくるのでしょう。だから、自殺した霊が、生きている人に憑依するなんてのはもってのほかなのです。一回失敗したからといって投げやりにならないで、再び生れてきたときには、後悔のないよう、今というこの日を生きて欲しいのです。
 過去がどうであれ、今というこの日をつかめです。

 タムキンを追いかけて、いつしかチャペルの中の葬列に加わったウィルヘルムです。一人の男、自分とおなじ一人の人間の死ということが初めはウィルヘルムの思いの中を貫いていたが、やがてもっとほかのいろいろなことが心にうかんでは洗い流されていった。自分はこれからどうしたらいいのだろう?もうすっかり無一文で、投げ出されている。・・・・・ああ、お父さん、あなたに何を求めればいいのでしょうか。子供たち トミーとポールのことはどうすればいい?ぼくの子供なのだ。それにオリーヴは?   


 「この日をつかめ」

涙はすべてを
忘却のかなたに
連れ去るだろうか

暗くなった 今
夕焼け小焼け
の音が聞こえて
きました

人生 
再びあうことのない
出会いのほうが
多いでしょうか

それでも 
箸が転んでも可笑しい
熱い別れた
恋人たちのように

あるいは
張り裂ける胸の痛みを
そっと ひとり胸に

胸の奥深く燃える 炎のように

この日をつかめです。


・時が少しづつ気持ちの整理をしているようです。今年もあと少しです。久しぶりにブログの更新です。ブログ仲間のみなさんも、良い毎日でありますように・・・。

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
ふーちゃん、こんにちは。
ブログ更新されて、嬉しく、ほっとしています。
今回の記事、これまで以上に、とても内容が充実していて、教えられ気づかされることが多く感銘をうけました。
12月も半分が過ぎ、今年も残り少なくなってきました。この一年を穏やかに締めくくりたいですね。
まだ雪を見ないところに住んでいますが、そちらはかなり冷え込んでいることでしょう。
ふーちゃん、どうぞご自愛くださいませ。

ふーちゃんにとって、詩が、精神的力の源泉になっているのですね。
huko
2014/12/14 15:57
hukoさん、いつもありがとう。こちら寒い毎日です。hukoさんにこうしてコメントいただき、前向きな気持ちになれます。人生って、いくつになっても、だれもが、さまざまな試練に出会うでしょう。詩が、精神的力の源泉になっているのですね。の一言。そうなのかも・・・。hukoさんも、お身体を大切に・・・。
ふー
2014/12/15 18:41
命というものは、この世界に意識をもって存在しているということは、ひとつの宇宙のようです。
生き続けることも、失われることも、生まれることも、「命」を感じるにつけ、命は宇宙なのだな・・と思います。
ふーさんの詩からは、いつも言葉で表された意味以上の、なにか・・波動のような、温度のような、静かな風のようなものを感じます。
きっと、ここに書いている言葉以上に、深くいろんなことを感じたり考えたりしてるんじゃないかな、と、思ってます。
読むと、心の深いところから、ほっとします。

今年もよろしくお願いいたします。
なー
2015/01/02 20:25
なーさん、ありがとうございます。なーさんの言葉に、思いました。みんな、言葉で表された意味以上のなにかとともに生きているのですね。なーさんの、花次元わーるどの輝きにはいつも心が洗われます。これからもよろしくお願いいたします。
ふー
2015/01/03 05:58

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